レオンは瞳を細め、目の前で優雅に寛いでいる淑女を睨みつけた。雪のように真っ白な髪の毛は同じ人間とは思えないほど綺麗で美しい不思議な色だ。左右で異なる色を宿す双眼は楽しげに此方を見つめているし、唇も嘲笑っているかのように端がつり上がっている。革張りのソファーに寄り掛かりながらロリッシェは執事が淹れた紅茶を啜る。陽だまりが差し込むこの部屋は冬とは思えぬほど暖かく、不思議な雰囲気で包みこまれていた。
「お前は一体何者だ」
 唐突な言葉にもロリッシェは不愉快そうに眉を顰める事もなく、寧ろ楽しげに唇を開いた。
「何をそんなにカリカリしながら部屋の中に入ってきたのかと思えば……何者かだと?お前はよく知っているじゃないか。ロリッシェ・フェルミ・グローカスという存在を」
 それはそうだ。幼き頃何度か遊んでもらった記憶もある。だが、その時遊んだと記憶されている人物と目の前にいる女は別人だと自分の感性は訴えている。それに今までのらりくらりとレオンの追跡を交わして来たロリッシェだが、今回は此方にも切り札がある。
 押し付けるように机の上に数枚の黒い封筒が目の前で散らばった。仰々しい蝋で封をされたその封筒はロリッシェがよく知っているものだった。よくそこまで集めたものだと関心さえ覚える。だが、そんな悠長なロリッシェにレオンは苛立ったように声を荒げた。
「何のつもりでこんな手紙を国王に送りつけた」
「……一体何のことだ?」
 微笑んだままレオンを見つめるロリッシェにレオンは激怒したように机を叩く。その勢いに黒い封筒も一緒に散らばった。
「惚けるな!お前がこれを送り国王を脅しているのは知っている。何を企んでいるんだ。白き魔女と接触を測ったり、黒き魔女と偽ってこのような手紙を送ったりするなど……」
「私はそんな手紙を送ったことはないよ」
 あくまで知らぬと白を切るロリッシェにレオンはゾッとするような冷たい視線を浴びせた。それよりも、とロリッシェはゆっくりレオンの瞳を見つめた。まるで吸い込まれそうなほど深い闇がそこには存在する。思わずレオンは身体が仰け反るのがわかった。本能的に危ない瞳だと感じたのだ。
「私のような者を尋問している暇があったら国王の暴走を止めるほうが良いのではないのか?」
「暴走、だと……?」
 いぶかしむ様に見つめるその視線を感じているはずなのにロリッシェは相変わらず暢気に微笑んでいる。いいや、笑っているが瞳は笑っていない。まるで何処か遠い何かを見つめているようだった。それも、自分には分かるはずもない遠い何かを。
「もし仮に私が黒き魔女として国王を手紙で脅したとしよう。その王は自分の身に掛かる危険を何としても阻止しようと思うはずだ。だったら何をするのが一番簡単だと思う?」
 薄く口紅が塗られた唇が歪に歪む。
「全ての危険と感じる者を排除するのが一番簡単だろう?」
 可愛らしく首を傾けながら呟く。その瞬間、ぞくりと得体の知れない恐怖が背中から首筋まで上ってきた。恐怖なんて生易しい言葉では済まないほどの恐怖。目の前の女は何かを知っているようだった。何としても問いただそうとレオンが立ち上がった時だった。荒々しく扉が開くと一人の女性が入ってきた。真紅の髪の毛が印象的なエカテリーナ・ルクセンブルクだ。
 余程慌てていたのだろう。レオンの存在にも気づかないほど早口で叫んだ。
「ロリッシェ、大変よ!!魔女の森が、魔女の森が……燃やされているのよ!しかも森から避難して逃げてきた人間はその場で王国の兵士達に殺されているわ。虐殺よ!!」
 そういい放ってからエカテリーナは初めてこの部屋に居たのがロリッシェだけではない事に気づいたように瞳を見開いた。しくじったといわんばかりに顔を顰めたが、レオンはそれ所ではなかった。驚いたように立ち上がったまま呆然と呟く。頭の中で反芻している言葉が耳鳴りとなり、ガンガン響く。
「虐殺、だと……?」
 気づいた時にはエカテリーナの肩を強く掴み、揺さぶっていた。
「どういうことだ。王国の兵士達が虐殺しているとは……いいや、それよりも森が火事とはどういうことだ?」
「……いった通りよ。あの莫迦国王は異端者を全て皆殺しにするつもりなのよ!だから森に火を放って逃げ出してきた人たちを虐殺しているんじゃない!!その場に国王もいるそうよ」
 がん、と頭に衝撃を喰らったようだった。そんな話を自分は聞いていなかった。聞いていたら当然止めるだろう。と言うことは今回のことは国王が独断で行った行為だという事になる。何故、そんな事を……と握りこぶしを作りながら唸る。ふいに静かな玲瓏な声が聞こえた。
「だから言っただろう?私を尋問している暇があったらさっさと行けと。人は、大切なものを失ってから初めてその存在がどれほど大切なのか気づくものだ」
「そうだわ……リオーフェがまだ森の中にいるはずよ!!」
 弾かれたようにエカテリーナはその名前を口にした。そうだ。まだあの森の中にはリオーフェがいるのだ。思いだしたかのようにエカテリーナは叫ぶと部屋を飛び出す。レオンは一瞬ロリッシェを睨みつけたがエカテリーナの後を追うように部屋を飛び出す。その様子を眺めながらロリッシェは窓の外を見つめた。茜色の空を眺めながらぽつりと呟いた。
「あと少しだ」
 それは、誰にも聞こえる事なく静かな部屋の中で消えた。

感染する狂気


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