―――リ………ェ、
……?なんだろう、今……何か聞こえたような、気がする。
―――オー……、さ……
振り返っても何も見えないのに。暗闇ばかりが世界を支配しているのに。どうしてこの手は温かいのだろうか。
無機室な瞳で自分の掌を見つめる。優しさなんていらない。同情なんかされたくない。ただ、只一言欲しいだけだったんだ。
この世界に、私は……必要されているって。
「リオーフェ様!」
「ク、ロ……エル?」
重たく閉ざされていた瞼を開くと眩しいほどの光に一瞬瞳を細めるが、次第に慣れてきたのかゆっくりと視線を動かす。妙に頭が重たくて体がだるい。額に手を宛がいながらチラリと視線を横に逸らせば城は本来の姿を取り戻していた。戦争が起きた後のように城は崩れ落ち、大地は向き出しなり、美しかった庭園は荒れ放題荒れていた。壁などなく、天井も崩れ落ちているのか空から優しく太陽の光が注いでいるのが分かった。
戻って来られたのだと今だ動かない頭でそんな事を感じた。これが、本当の世界。何処から何処までが夢だったのかは分からないが、今目にしている風景こそが現実なのだろう。
クロエルに支えられるように体を起こすと大きく息を吐き出した。妙な静けさが辺りに漂っていた。
「……やっぱり、先ほどまで見えた風景は幻だったのね」
独り言のように呟くと、リオーフェは自分の手を見つめた。まだ、抱きしめた感触が残っているようで、不思議だった。まさか、会える筈がない人物と一瞬とはいえ話をする事が出来たのだから。
そして、私は彼に託された想いを成し遂げなければならならない。クロエルの手を借りながら漸く立つ事が出来たリオーフェは辺りを見渡しながら此処が何処なのか把握しようとしていた。瓦礫の山からこの場所を推測するのは難しいものがあるが、多分此処は先ほどまで幻を見ていた秘密の花園なのだろう。
花壇はおろか植物さえ所々に生えている程度の地になってしまったが、先ほどのような光景を見せつけられるよりもどこか安心できた。よっぽど此方の風景の方が現実味を帯びており、自然で違和感がない。
あの時のままだ。あの時のままこの場所は時が止まってしまったのだとリオーフェは思った。此処は何も変わらないかわりにあの人の思い出を時折、幻として見せているのかも知れない。偶々、そんな時自分達がその中に迷いこんでしまっただけなのだ。でも、お陰で貴重な話を聞くことは出来たと思うし、不思議な体験もした。まさか過去の偉人と出会えるとは想像もしていなかったが。
「それよりも……この城にはまだ私の知らない地下室があるらしいのだけど……知っている?クロエル」
「地下室ですか?……長年この城には居ましたがリオーフェ様でさえ知らぬ場所を自分が存じているとは思えませんが……」
そう言いながら片っ端から上げられていく地下室の名前にリオーフェは耳を傾ける。ワインの貯蔵庫から、宝物庫、罰するために造られた牢獄。どれもこれもリオーフェが聞いた場所からは掛け離れていた。違う、もっとあのロリッシェが居そうな場所――
「そうだわ……」
リオーフェは思いだすたように呟く。
「謁見の間、の下に……地下室、というわけではないけど逃げ道があったじゃない。敵が攻めて来た時に使う非常通路。もしかしたらあそこに何か別の扉に続く何かがあるのかも知れない」
リオーフェがその中に入ったのは一度きり。それも城を滅ぼされ、大切な家族を失った時の記憶の中で存在するだけだ。あの時は暗かったし、恐怖のあまりあまり覚えてなどいなかった。それに幼かったのも関係あるだろう。瓦礫と化した城を見渡しながら辺りを詮索する。確か此処が通路で……此処を通り過ぎると。
「リオーフェ様、此方が謁見の間です」
クロエルの声が聞こえ、リオーフェは走り寄る。見つめた先は瓦礫の山に埋もれた世界だったが、リオーフェは不思議と入り口の場所が分かった。だが、瓦礫に埋もれ、探しだすのは困難かもしれなかった。覚悟を決めたように深呼吸をする。ゆっくりと足を歩みだすと、ふわりと優しい温かい風が頬を撫でたのが分かった。クロエルも何か感じたのだろう。驚いたように辺りを見渡す。
次の瞬間、再びリオーフェ達は幻に包み込まれていた。
天井に飾られたシャンデリアが輝かんばかりに光り、辺りを照らしている。大理石で出来た床には真っ赤な高級絨毯が敷き詰められていた。どれもこれも見知った風景。だが、所詮過去のまやかしでしかないと知っているリオーフェにとっては懐かしいというよりも変な違和感を覚えた。
ふいに後ろから何かがスッと通りぬけ歩いていくのがわかった。半透明なその姿は先ほど見たシャルウェイトと何も変わらない。その手には一冊の黒い日記と絵が大切に抱きかかえられていた。余程大切なものなのだろう。シャルウェイトはそのまま誰も居ないのを確認した後、密かに存在する謁見の間の逃げ道へと消えていった。リオーフェとクロエルもその後を追う。逃げ道はやたらと急な階段が犇きあい、ゴチャゴチャした場所だった。岩が向きだしになっており、足元も滑りやすいので注意しなければならない。
ここではランプの明かりだけが頼りなので、転んで割ってしまったら何も見えなくなってしまう事だろう。しかし、先に入っていったシャルウェイトの姿を直ぐに見失ってしまった。一本道とはいえ先に歩いているのなら見えるはずだし、音も聞こえるはずだ。
「リオーフェ様、これは……」
クロエルの言葉にリオーフェは振り返る。そこにはなにやら不思議なマークが描き施されていた。何かの暗号めいた紋章。だが、リオーフェはこれを知っていた。初代白き魔女が残した紋章だったからだ。
得体の知れない真相が見えてくる
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