久しぶりに訪れたその場所は少し荒れていただけで、幼かった自分が覚えている記憶の風景と同じ光景がそこには存在していた。戦争で壊されたはずの建物も、壁も、自然も何故か綺麗に元通りになっていた。外壁も攻められる前と同じ造りになっている。何もかも記憶の中で覚えている城と同じはずなのにどこかが違う風景に感じられた。その光景にアメジストの瞳を細めながらリオーフェは踏み出した。
隣を歩くクロエルは外壁を触りながら誰がこれを直したのでしょうか。と呟いている。そうだ。此処は王国に攻め込まれた時崩壊したはずなのに何事も無かったかのように作り直されているのだ。そもそも何故一度滅ぼされたこの城を復興させる必要があったのだ?
今は誰も住んでいないと言うのに――
リオーフェは怪訝そうによく出入りしていた裏庭から城内へ侵入する事にした。ありとあらゆる扉に鍵が閉められていたため入る事が出来なかったのだ。隠し扉までは作り直した人は知らなかったのかそのままになっていたため、いとも簡単に入る事が出来た。
幾ら昼間とは言え薄暗い光しか差し込まない城内は埃が溜まっていた。用意しておいたランプを掲げると薄明かりが広い廊下を照らし出す。何処までも不思議な光景。まるで走り回っていた事を昨日のように思いだせた。
此処は、まるで戦争が合った事を何もかも隠蔽されているような気がして嫌だった。見る度に吐き気がする。綺麗に整えられて、まるで何事も無かったかのように押し固められたガラスの城――
こんなの、こんなもの……
あまりにも最後に残っている記憶と目の前にある光景にギャップがありすぎてリオーフェは違う!と叫びたかった。こんなの、本当のルヴレイン城じゃ無い!と。叫んでしまいたかった。でも、それが出来なかったのは隣にクロエルがいたから。彼も、この城の最後を見たことがある人物だったからだ。
でも、彼が見た時は廃墟と化した城だったようだ。では、一体誰がこの城を人知れずに復興させたのだろうか。
一寸も狂わぬ完璧に復元された城を眺めながらリオーフェは今にも泣きそうなほど情けない顔をしていた。普段取り繕っている無表情が剥がれ落ち、そこには歳相応な15歳のリオーフェの姿があった。
走りぬけるように長い廊下を抜け、中央テラスをそのまま抜けようとした時だったリオーフェの足が止まったのは。
「これ、は……」
驚きのあまり瞳が見開く。後ろから後を追いかけるように走ってきたクロエルもリオーフェの向けられている場所と同じ所に視線を移動させる。
そこに広がっていたのは綺麗に手入れされた花々だった。その中、寂れたようにポツンと壁に設置された古い扉。その先に広がっているのはまさに秘密の花園だ。何年も入らなかった城が整備され、庭まで綺麗にされている。焼き払われたはずの世界なのに――恐る恐るリオーフェは扉に手をかけた。軋む様に音が鳴る。扉に掛かった蔦が邪魔だったので払い避けると一気に開いた。
中は相変わらず手入れが行き届いた世界で――山茶花が咲き誇っていた。真っ白な山茶花がそれこそこの庭園を埋め尽くそうとしていて。その庭園の中央で一人の男性が楽しそうに椅子に寄り掛かりながら転寝をしている女性を眺めているのが分かった。
人形のように美しい外見をしたその女性は白い巻き毛を揺らしながら気持ち良さそうに口元に弧を描いていた。その様子を眺める男性も白く長い髪の毛を一つに束ね、優しく微笑んでいた。ふいに綺麗な白い髪の毛を掴むと優しく甘い口づけを髪の毛に落とす。そこだけが光り輝いた楽園のように見える。
見ているだけで絵になる光景にリオーフェは驚いたように見つめた。見つめる事しか出来ない。何だ、これは。何故、何故彼女が此処に居るのだ……?
驚きのあまり身動き一つ取れないリオーフェにクロエルは怪訝そうに見つめ返す。しかしリオーフェの瞳には信じられない光景が映し出されていた。
ふいに寝ていたと思われる女性が肩を揺らし、クスクス笑い出す。まるで鈴が転がるようなかわいらしい声がその唇から漏れた。
「突然何をし出すのかと思ったら……面白いことをするなぁシャルウェイトは」
――シャルウェイト?聞いたことがある名前に眉を顰める。シャルウェイトと言えば初代ルヴレイン国王の名前ではないか。リオーフェの存在に気づかないのか二人の会話は進んでいく。ここだけゆったりとした時間が流れているようだった。
くすくす笑いながらながら女性は長い瞼を震わせ、ゆっくりと瞳を開く。海と山の二つを持った瞳は酷く綺麗で美しかった。しかもあの女性は――ロリッシェ・フェルミ・グローカスではないか。間違いなかった。シャルウェイトと話しているのは間違いなくこの前まで話していたロリッシェだったのだ。
でも、だったらこの光景は一体何なのだ?目の前にいる女性はロリッシェのようだが何処が違う様にも見える。そうだ。今のロリッシェよりも少し、若いのだ。じゃあ、誰だ?あれは――
リオーフェの困惑を他所にロリッシェは酷く楽しそうに微笑みながらシャルウェイトと呼んだ男性を見つめながらふと、ゆっくり口元をつり上げた。
「思い出に現をぬかすのも好きだが、客人がいるようだなシャルウェイト」
「おや、本当だね。しかも可愛らしい僕たちの子孫じゃないか」
「そうだな」
ロリッシェは緩やかに椅子から起き上がるとスッと立った。隣には似たような顔をしたシャルウェイトがいる。優しい微笑みを浮かべたシャルウェイトはリオーフェの姿を見つめながら何処か寂しそうに微笑んだ。
「君は随分と辛い、茨の道を歩ませてしまったようだね。君がこの国の……王国の血筋を引く最後の生き残りだろう?」
「っ……」
突然話し掛けられ一歩後ずさるリオーフェにシャルウェイトは悲しそうに微笑むだけだ。その姿が何処までも悲しげで、見ているだけで痛かった。その横でロリッシェが瞳を細める。やはり、何かが違うように感じられた。
「これから君は最大の選択肢を迫られる事になるだろう。それを決めるのは君自身だ。逃げることは出来ないだろう。だが、これも覚えておいた方がいい」
優しい声音が、静寂の中響いた。
「人を許す事も、大切なことなのだと言う事を――」
一体、なんの事を言われているのか分からなかった。しかしいつの間にか視界が歪み、何も見えなくなってくる。嗚呼、どうして何も見えないのだろうか。苦しそうに跪きながらリオーフェは瞳を閉じた。
瞳を閉じると、見えてくる世界
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