クロエルの言葉にリオーフェは大きく瞳を見開いたまま身動きするのを止めてしまった。一瞬彼が何を言いたかったのか分からなくなってしまったのだ。しかし、クロエルはあくまで平静を装った素振りでリオーフェを見つめていた。彼にとってもあの国はそれだけ思いいれがある国なのだ。自分の祖国だったのだ。だからこそ未だに過去を吹っ切れないでいるリオーフェに何かを感じたのだろう。
「前に一度行ったことがあるのですが、城は廃墟になったまままだ残っていますよ。今ではあの辺り一帯は誰も住まなくなってしまいましたからね」
「……」
 その言葉にリオーフェは自分が信じられないほど動揺しているのが分かった。ルヴレインに戻る?そんなこと、今まで考えた事もなかったし、祖国に戻ると言う行為は自分と言う存在を捨てた自分にとって矛盾した行為だと思ったから今まで一度も行こうとはしなかったのだ。しかし、行って見たいという気持ちもある。自分の目でもう一度みて見たいと思ったのだ。あの時起きた事を――もう一度、この目で振り返って見たいと。
 その視線に気づいたのかクロエルは緩く首を振りながらその考えを否定した。優しい瞳が此方を見つめ返す。恐いくらい優しかった。
「違います。私達が行くのは過去を吹っ切る為です。まだリオーフェ様は御自分で思われているほど過去を払拭しきれていません。今でも時折悪夢を見て飛び起きているではありませんか」
「……」
 ばれていたのか、とリオーフェは苦笑した。まさかその事にクロエルが気づいていたとは驚きだった。まだ一週間しか一緒に暮らしていないというのにそんなに自分は悲鳴をあげて飛び起きているのだろうか。
 無言のまま見つめるリオーフェにクロエルは空いた手で優しく頭を撫でてくれた。それだけで心の中にあった蟠りが解けだすような気持ちになる。どうして、この平穏が続かなかったのだろうと何度も思ってしまう。それだけリオーフェにとってあの時代は幸せで満ち溢れていたのだ。
 だからこそ、いい加減吹っ切らなければなら無いとクロエルは言っているのだ。リオーフェはその言葉に瞳を閉じた。未だに心の傷は広がるばかりで癒されはしない。でも、少しは忘れるように努力しなければならないのかも知れない。
「わかったわ。明日行きましょう……ルヴレインへ」
「はい」
 薪を抱き締めながら頷くクロエルにリオーフェは諦めにも似た笑みを浮かべる。何処までも儚い笑みだった。
「まさかクロエルにそんな事を提案されるなんて考えてもみなかったわ」
「そうですか?」
「そうよ。まさかクロエルにそんな事を言われるなんて……でも、貴方は私よりも前を見て生きているのね、立派に」
 寂しそうな言葉。だが、クロエルはそんなことありませんと首を振った。意外な反応にリオーフェは驚いた表情を浮かべた。クロエルは笑いながら誤魔化そうとする。その瞬間リオーフェは何かに気づいたように瞳を見開いた。
 二人の間に出来ていた壁が少し薄くなったようにさえ感じられる。彼は変わってないのではない。変わろうとしなかったのだ。未だに変わる事を恐れているリオーフェの為に、待ってくれているのだ。
「……」
 その事に気づいたリオーフェは何と言っていいのか分からなくなった。自分の為にクロエルが犠牲になっていたなんて。泣きそうになるのを堪えながら再びマフラーに顔を埋めた。薪を抱き締めながら再び歩き出す。謝罪するのは可笑しい。でも、謝りたいような気持ちにもなる。この矛盾にリオーフェ自体どうして良いのか分からなかった。
 慌てたように隣を歩きだすクロエルに顔が見えないように髪の毛で隠す。
 誰も答えなど持っていない。リオーフェの困惑に答えてくれる者はいない。これは自分で答えを出すしか無いのだ。未だに優しく降り注ぐ雪が何処か邪魔な存在にすら思えてくる。先ほどまであんなに懐かしいと思っていたのに現金だと思う。それでもそんな事を思ってしまったのだ。
 なんて自分は弱い人間なのだろう。嫌なことがあると直ぐに逃げ出そうとする。嗚呼、最悪だ。と自分自身に自己嫌悪を抱いた。


私は素直じゃないから、


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