窓の外は風が吹いているのか叩きつけるように吹雪が窓を打ち付け、カタカタ揺らす。今外に出たら前一寸も見えないだろう。しかしリオーフェはエカテリーナからその話を聞いた瞬間、居ても立ってもいられなくなった。クロエルのことだ。流石にこの吹雪の中、来ようとは思わないだろう。と思いつつもリオーフェはそんな考えが無意味だと知っていた。変なところ無鉄砲な部分があるクロエルが来るといったら来る奴なのだ。奴は有言実行するタイプなのだから。エカテリーナ様やロリッシェに色々言われたから来るわけではない。彼は――クロエルは私のことになると何に置いても優先しようとする節がある。今回もそんな感じがして堪らなく不安なのだ。
ハンガーに掛けてあった外套を取り出すと袖を通しながらドアの前に立つ。エカテリーナが驚いたように蒼い瞳をまん丸く見開きながら口を開いた。
「リオーフェ、この雪の中何処に行こうって言うの!?そんな恰好までして……」
「クロエルが心配なので少し様子を見てきます」
「大丈夫よ!彼は兵士なのだからこんな吹雪位じゃ死にはしないわ」
「死にます。普通はこんな吹雪の中歩いたら死にます」
エカテリーナの言葉を否定しながらリオーフェはドアノブに手を掛けた。金属で出来た取っ手が外の寒さにより冷たく感じられる。ひんやりと言うよりも突き刺すような冷たさに一瞬リオーフェは顔を顰めた。
だが、この寒い外にクロエルが居るのだと思うとリオーフェは覚悟を決めたようにドアを開いた瞬間だった。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」
「……」
雪空の中、白いフードを被った存在がそう呟いた。勿論深くフードを被っているため素顔は見えない。だが、透き通るようなこの声音をリオーフェは良く知っていた。知っていたからこそ目が半目になるのが分かる。自分でもそんな顔をしてはいけないと何度も思ったが、自然とその顔になっていたのだから仕方がない。
本人も差ほど気にしていないのか、フードから見える真っ赤な唇をゆっくりとつり上げた。きっとフードの下は満面の笑みが広がっているのだろう。
いいや、そんなことはどうでも良いのだ。ここまでどうやってきたのかが問題に思えてきた。この吹雪の中、豈夫本当に歩いてくる人がクロエルの他に居るなんて……吃驚だ。そもそも彼女はこんな場所に何をしに来たのだろう。取り敢えずこれ以上ドアを開けておくと吹雪が部屋の中まで入ってきそうなので中に入るように進める。すると白いフードを被った人は何かを担ぎながらスルリと入ってきた。
まるで米俵を担いでいるような光景にリオーフェは首を傾げる。何を持ってきたのだろうか。妙に大きいような気がするのだが。
迚も女性が持てるような大きさの荷物ではないのに目の前の人は重たくも無さそうに普通に担いでいる。
肩に掛かった雪を振り落とすと、漸くフードを外した。リオーフェと同じ髪の毛の色をした白髪がふわりと肩からこぼれ落ちる。空と山色のオッドアイがスッと細められた。
その姿に思わずリオーフェは見取れる。迚も綺麗な人だった。いつ見ても綺麗だと思う。その姿に誰もが見取れることだろう。自分もその一人である。だが、その外見とは裏腹に変な性格をしているから皆どん引きするのだと眉を顰めながらリオーフェは肩に担がれている荷物を見つめる。長身なロリッシェよりも大きなその荷物は酷く重たそうなのに対し、ロリッシェの表情は一向に変わらない所を見るとそれほどでもないらしい。
一体なんなのだろう。といぶかしむリオーフェを他所にロリッシェは荷物をゆっくりとした動作で下すと素早く上に掛けてあった布を退ける。リオーフェの瞳が大きく見開かれた。
「クロエル!!」
悲鳴のような声を上げるとクロエルは真っ赤な血で染まった腹部を押さえながら苦しそうに息を吐き出した。熱っぽいのか頬は赤らんでいる。リオーフェの声に反応したのか重たそうに瞼を開く。くすんだ枯葉色の瞳が此方を見つめ返す。あまりにも弱弱しいその姿にリオーフェはロリッシェを見上げた。
ロリッシェは肩に降り積もった雪を払い落としながら腕を回している。それもそうだろう。大の大人を一人担いでやって来たのだから。普通では迚も考えられないような行動とも言えるだろう。しかしロリッシェは平然とやってのけたのだ。いいや、今はそんなことはどうでもいい。何故クロエルがこんな怪我をしているかが問題なのだ。
直ぐに傷の具合を見ながらリオーフェは端整な顔を歪める。酷い傷だ。鋭い鋭利な刃物――槍のような物で突き刺されたのだろう。咄嗟に避けたから急所は避けてあるが、それでも危ない事には変わりはない。
棚の中に確か傷薬に最適な調合した薬があったはずだ。バタバタと慌てたように部屋の中を歩き回るリオーフェを尻目にエカテリーナはクロエルの姿を見ると瞳を細めた。綺麗に整った唇が薄っすらと開いた。
「王国の兵士に刺されたのね……」
「嗚呼。この魔女の森を入ったすぐ付近で巡回していた兵士に行き成りな。誰彼構わずにあの様子だと殺っているようだな。異端者狩りを」
「……それにしてもこれは酷い有様ね」
エカテリーナは傷口を消毒しているクロエルを見つめながら唸った。王国が異端者狩りを始めたのは今に始まった事ではない。だが、今回は何処か様子がおかしかった。それに彼は仮にも王国の兵士だと言うのに……
「この魔女の森に居る者は全て異端者と言うのが王国の考えなのだろう。クロエルの場合は刺されそうになった私を庇って負った傷なのだがな」
申し訳無さそうに瞳を伏せる。哀愁を漂わせるその姿にリオーフェは更に何処か悲しそうな表情を浮かべながらクロエルの傷の具合を見る。ロリッシェが直ぐ傷口を庇うように布で押さえた為、それほど出血はしていない。だが、問題は傷口から黴菌が入っていないかだが。
まさか平穏な日常がこんな風に姿を変えてしまうとは、と心のどこかで嘆きながらリオーフェはクロエルの傷を治す事に専念するのであった。
平穏な日常は変貌を遂げる
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