「っくしゅん!」
可愛らしい声と共に零れ落ちる小さなくしゃみにリオーフェはぐつぐつと煮込む薬草から視線を上へ―――エカテリーナの方へと向けた。アメジストの瞳が細められ、微かに首が傾げられる。白い髪の毛が微かに頬に掛かった。
「風邪……というわけでは無さそうですねぇ」
リオーフェの判断にエカテリーナも首を傾げながら唸った。
「誰かしら、私の噂をした愚か者は……」
もしかして、ロリッシェだったりして!嗚呼、嫌だわぁ。と偸閑に嫌そうに顔を顰めると優雅な動作でティーカップを掴むとアールグレイを口元に運んでいった。その姿にまるで絵画にでもありそうな光景だとこっそりリオーフェは心の中でそんな事を思う。年中冬真っ盛りなこの場所だが、不思議とリオーフェはこの場所に住んでいて風邪にかかった事があまり無かった。
元々風邪に強かったのもあるかも知れないが、毎日薬作りや、薬草の調合にかまけている間に何かしらの体性が出来てしまったのかもしれなかった。まあ、風邪など引かないに越したことは無いのだ。それにしても今日は寒い。と言いながら暖炉に薪をくべた。
今までこんなに寒い日など無かったというのにそれすら忘れさせるほどの寒さだ。外で舞う雪はいつの間にか吹雪にへと変わっている。嗚呼、これじゃあエカテリーナ様、帰るの大変そうだな。と心の中でぼやいた。もしかしてこの家に泊まっていくということはあるまい。今まで何度も夕食は食べていく時はあったが、泊まっていったことは無かった為、そんなことまで考えた事が無かったリオーフェだったが、外の吹雪を見て少し考え込む。
こんな吹雪の中、エカテリーナ様を帰そうとするのはある意味鬼なのでは無いかと。しかし、元々それほど広くも無い自分の家にエカテリーナ様のような高貴な方を留めて置くほうが失礼に値するような気もしてきて―――嗚呼、どうしようか。と真剣に悩みだした頃、エカテリーナがのほほんと本日三度目のお代わりを貰ったアールグレイを含んだ後、綺麗に微笑んだ。
「今頃大変ねぇ、彼」
「……何のことですか?」
全く話しが見えないリオーフェは怪訝そうな表情を浮かべた。
「だって、今頃この吹雪の中必死でこっちに向かっているんでしょう?この雪の中じゃ馬車は走れないし、かわいそうに。御愁傷さま」
「エカテリーナ様、一体何の事を言っていらっしゃるのですか?」
誰かこの雪の中来ると言うのだろうか。そんな自殺願望者が居るのなら見て見たいとさえ思う。この吹雪の中歩いてくるだと?莫迦な奴も居たものだと薬をかき回しながら溜息を零すと、ふいにエカテリーナは可愛らしい唇を尖らせながら何処か楽しそうに笑った。
「ふふふ、その無謀者が実はクロエルだって言ったらどうするぅ?」
「……はい?」
アメジストの瞳を大きく見開くとリオーフェは驚いたように窓の外を見つめる。外は真っ白な雪が恐ろしい猛威を振るっている。普通の人間がこんな外を出歩いたら死んでしまいそうな吹雪だ。その中をこちらに向かって歩いて来ているって……どう言うことですか?と信じられない事を聞いてしまったと言わんばかりに瞳を見開くリオーフェにエカテリーナはアールグレイを弄びながらあくまで悠長に呟いた。
「先月ロリッシェが開いたサロンで話題が出たじゃない。クロエルと一緒に暮らさないかって。その話しにクロエルがとっても乗り気で乗り気で……」
「その乗り気というのは嘘ですね」
「なんでそんなことわかるのかしら?」
怪訝そうに聞き返すエカテリーナにリオーフェは溜息を零しながら瞳を伏せた。
「クロエルとは幼い頃から一緒に居ましたから彼のことは大抵分かります」
「くぅ〜言ってくれるわねぇ。リオーフェったら!!」
「……それで、なんでクロエルが此処に来る事になっているんですか」
私はまだこの家に来ることを了解したつもりはないのですが。と真剣な表情そのままで呟くが、エカテリーナは動じる素振りを見せる事無く、更に楽しそうに言った。
「そんなの気にする私じゃないわ。今回はロリッシェにも協力してもらってリオーフェにはクロエルと暫くの間、一緒に暮らしてもらう事にしたから宜しくね!」
「ちょ……エカテリーナ様!?」
「これは黒き魔女からの命令よ!貴女は少し無防備すぎるからもうちょっと警戒しなくちゃいけないと思うの。だから護衛にクロエルをね側に置くことにしたのよ」
「……意味が分かりません」
リオーフェは眉を顰めながらエカテリーナを見つめる。そう言いたくなる気持ちはエカテリーナ自身でもわかった。突然そんな事を勝手に決められて告げられたら誰だって驚くだろう。しかし、今は手段を選んでいる場合ではないのだ。最近国王の態度が見るからに悪化したからだ。しかも悪い方へと――何とかしなければなるまい。と考えているエカテリーナは今、様子を見ている所なのだ。だから、もし何かあった時にリオーフェを守ってくれる存在が必要だった。
その護衛として抜擢されたのがクロエルなのだ。
「それにしても本当にこの雪の中、生きているかしら……?」
自分で来いと言っておきながら今更ながら些か心配になったエカテリーナがそこには居た。
厄介事に巻き込まれるのは何故かしら?
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