闇よりも深い漆黒の世界が目の前を包んでいた。年老いたその顔は頬が弛み、幾多にも皺が刻み込まれている。酷く、疲れているのが分かった。額に手を宛い、疲れたように溜息ばかりがこぼれ落ちる。何故こんな事になってしまったのだろうか。と何度考えても答えは全く出てこない。出てくるのは自分にとっても、国にとっても不利益な書類や、現実ばかりだ。眉間に皺を寄せ、瞼を固く閉ざしていたが、ふいに響いたノックの音に国王は息を吐き出すように低く声を発した。
「入れ」
「失礼いたします」
 古くから国王に仕えるその男は滑り込むように部屋の中に入ると辺りを見渡した。光が一切差し込まない闇の世界。男はランプに火を灯すと、そっと側に寄った。こんなに国王の元気がないのはきっとこの国が不景気なのも関係するが、其れ以上に恐いのだろう。あの『黒き魔女』が。風邪が蔓延したとき、やって来た黒の魔女だったが、それから此方の行動を監視するような手紙を何通も送ってきているのだ。つまりこの手紙は忠告だ。これ以上変なことをしたらどうなるか思い知らせてやるという意思の表れなのだ。真っ黒な紙に白い文字で書かれた手紙は何処か恐ろしい。宛名こそ無いが、国王は黒き魔女の仕業だと考えていた。
 それ以外にそんなことをする輩が何処にいるのだ?
 というのが国王の考えなのだろう。男はランプを片手に国王の側によると囁くような低い声で呟いた。
「国王、またあの黒き魔女から手紙が送られてきました」
「っ!?」
 その言葉に酷く動揺したように国王は一瞬震える。その姿に男は瞳を伏せながら、ふと思い出したように口を開いた。
「国王、私はこの一ヶ月国王の側で見ていましたが……些か奇妙に思ったことがあります」
「……何だ。申して見ろ」
 虚ろな窪んだが男を初めて捉えた。ランプの光を浴びて青白い輪郭がうっすらと浮かび上がる。不気味な細めが更に細められた。
「あくまでも推測ですが、前回流行した病は黒き魔女と白き魔女が連んで起こしたものではないかと思うのです」
「何だと……?」
 その言葉に国王は怪訝そうな表情を浮かべた。男の推測は更に続く。
「都合が良すぎないと思われませんか?普通、魔女狩りを命じた国から幾ら出頭命令が出ても出てこないでしょう。誰だって命が惜しい。そう言うものではございませんか?それなのに白き魔女は黒き魔女も従えて何事も無かったかのように普通に出頭してきた。……つまり、絶対殺されないと言う確信があったからです」
「……」
「では、何故その確信があったかと言いますと――私が考えるにルーベンツ王子があの病に伏せられたのは全て計画のうえで成り立っていたと考えられてはどうでしょうか?」
「計画、とは……?」
「話に聞けば数百年前に絶滅したはずの病ではありませんか。しかもそれを治したのも数百年前の白き魔女だと言います。つまり、もしかしたら彼女たちはその病を絶滅するためにその病の研究資料か何かが残っていたのかも知れません。その時のサンプルが残っており、その病を街中にばらまけば間違いなく殆どの者は死に絶えるでしょう。しかし、彼女はその病を治す薬の作り方を知っている。となれば彼女たちはこの国の救世主になり、更に国民はこの異端制度について意義を考え出すことでしょう。国民はこう考えるはずです。『自分達を助けてくれたのは国ではなく、異端者である魔女の方だった』と……」
 その言葉に国王は深く唸った。その通りだった。最近、国民達はその事で色々と抗議をしているのだ。自分達を助けてくれたのは国ではなく、魔女だったと言っているのだ。このままでは異端者制度も危うくなる。そしてこのままでは自分の身さえも――そう考えた国王は身震いをした。
 一瞬根絶やしにいようと思ったが、定期的に送られてくる黒き魔女の手紙を思い出してしまったのだ。不審な行動をするのであればそれなりの代償がその身に降り掛かるであろう。と書かれた手紙。つまり、自分の命で償うことになるぞ。と黒き魔女は脅しているのだ。
「……一体どうすればいいのだっ……」
 国王は頭を抱え込むようにして顔を伏せた。頭の中は混乱して収拾がつかない状態にまでなってしまった。このままでは本当に国の存続が危ういと感じているのに全てが上手く、円滑に進んでいかない。どうしたらいいのか考え倦ねている時、側にいた男が唇をつり上げ、言った。
「国王、自分に良い考えがあります。聞いていただけないでしょうか?」
 恐る恐る此方を見つめる国王に男は囁くような声を発した。それは闇夜の密談。それは悪夢への一歩だった。


そうして世界は歪んでいく


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