「あら、まぁ……」
「……」
驚いたように瞳を見開きエカテリーナは呟いた。目の前に居るのは兄妹とも思える二人の姿。一人は汚れたマントを身に纏い、深々とフードを被った少女。もう一人は高級な外套を着込んだ青年だった。腰に剣を差しているので一目で分かる。彼は第二王子でもあるレオン王子だ。何故そんな人と一緒に来たのかは分からない。だが、実に不機嫌そうにリオーフェが此方を見ているのが分かった。アメジストの瞳は嫌そうに細められ、今にも森へと帰ってしまいそうな雰囲気を醸し出している。理由は言わずとも知れたこと。隣にレオン王子が居るからだ。こんなに相性の悪い二人が何故一緒にいるのかが分からない。
まるで面白い玩具を見つけてしまったと言わんばかりに瞳をキラキラさせるエカテリーナにリオーフェはウンザリしたような表情を浮かべた。この人は面白いことに目が無いのをリオーフェはその身をもってよぉく知っているからだ。案の定楽しそうに微笑みながら近づいてきた。無論王子に対する会釈をするのも忘れない。
「お久しぶりでごさいます、レオン王子」
ドレスの裾を摘み綺麗に会釈をする姿はまさにエカテリーナ・ルクセンブルク伯爵の姿そのものだった。黒き魔女としての姿は全く見られない。そんな姿にも興味を示さないのか遠くを見つめながら嗚呼と一言呟いただけだ。あのエカテリーナ様の悩殺スマイルを食らっても平然としていられる人間が居るなんて初めて知った。
少しだけレオン王子に感服するリオーフェ。そんな視線を感じ取ったのか怪訝そうな視線を向けられ慌てて視線を逸らした。これ以上面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁だ。
「で、王子。其方のお嬢さんはどちら様ですか?お見かけになったことがないような方ですが……」
苦笑と共に零れる言葉。どうやらレオン王子の手前、初対面の振りをすることに決めこんだらしい。
レオン王子が何というのか見物だとリオーフェは北叟笑みながら見つめる。レオンは一瞬考え込んだ素振りを見せたものの、それほど躊躇することなく答えた。
「ロリッシェの客人らしい。俺は路頭で迷っていた彼女を送りに来ただけだ」
「そうなのですか。やはり噂に反して優しいのですね、レオン王子は」
エカテリーナはコロコロ笑うと口元に手を宛う。心にも思っていない科白を良く其処まで口に出せる物だと感心してしまう。こうやって喋っている姿はまさにそこら辺の貴婦人と何ら変わりはない。誰が想像しようか。目の前の見た目麗しい貴婦人が本当は悪魔のような魔女だと。レオン王子も気づいていないのか普通に接している時点で可笑しく見えた。思わず笑いを堪えるリオーフェ。先程まで不機嫌だったのを忘れてしまいそうなほどおかしな光景に見えた。
ふいにシャラン、と金属が掠れる音がして振り向くと、白いショールを肩に纏ったロリッシェが現れた。綺麗な白い髪の毛は緩やかに巻かれ、歩く度にゆらゆら揺れる。青と緑色を宿した双眼が楽しげに細められた。漸く現れた客人にふんわりと零れる笑み。まるで砂糖菓子のように甘い微笑みだった。
「随分と冒険したようだなリオーフェ。それにレオンもご苦労だった。どうせお前のことだクロエルと私が何を話すのか気になったのだろう?だからその周辺を歩いていたら彼女と出会ってしまった。違うか?」
まるで全てを見透かしたように言い当てるロリッシェにレオンは冷たい瞳のまま睨み付けた。彼女は何時だって全てを見透かしたように語り、呟く。そんな姿が気にくわなくて、酷く苛ついた。昔はそんな人間ではなかったはずなのに……
「失礼した」
レオンはそのまま見向きもせず屋敷から出ていこうとする。
「お前も一緒にサロンに出るか?」
「結構だ。生憎俺は其処まで暇じゃない」
側にいるのも嫌だと言わんばかりに遠ざかる後ろ姿を見つめながらロリッシェは困ったように溜息を零した。昔からそうだ。あの餓鬼は昔から子供らしからぬ事ばかりする。今回だってそうだ。自分がリオーフェと御茶をするのがばれてしまったではないか。後で質問攻めされるのは間違いないな。と苦笑を浮かべていると、エカテリーナはまるで我が子を心配するようにリオーフェに向き直っていた。先程の他人行儀な態度は一体何処にいってしまったのだろうか。心配そうにリオーフェの身体を彼方此方触りまくると怪我はない?何もされなかった?等と口早に叫んでいる。その光景にリオーフェは圧倒されるばかりだ。大きく目を開きながら見つめるリオーフェに最初は面白いと思ってみていたものの、流石に可愛そうに思えてきたのかロリッシェが止めに入った。
「いい加減そのぐらいにしてやったらどうだエカテリーナ」
「だって、だってわたくしのかわいらしいリオーフェがあんな変な奴と一緒に来たのですよ!何かされてない保証なんて何処にもありませんわ」
「エカテリーナ様……」
ベタベタと触りまくるエカテリーナにリオーフェは諦めにも似た溜息を付く。どうしてこんな事になってしまったのやら。頬ずりをしながら抱きつくエカテリーナにリオーフェは酷く重い溜息を零したのであった。
微笑ましい光景に笑みを深める
戻る/
トップ/
進む