屋敷と言うには余りにも大きく、城と呼ぶに相応しい建物が建っていた。立派な立派な園庭に囲まれた城は誰が見ても美しいと思うだろう。庭師が整えた庭園には設けられたテーブルと椅子にサロンを開いた張本人が座り込んでいた。真っ白な髪の毛がふんわりと軽やかなカールを巻き、綿菓子のように風にゆらゆら揺れる。海と森の色を兼ね備えたコントラストの双眼が楽しげに微笑む。執事が入れた紅茶は迚も美味しいと思いながら口を付けていたときだった。チリン、と音が鳴り響くと同時に近くで控えていた執事が頭を下げた。どうやらお客様が来たようだ。恭しく頭を垂れる様を見つめながら微笑むと立ち上がった。
「――ロリッシェ様」
「分かっている。だが客人が来たら持てなすのが屋敷の主でもある私の役目だろう?」
控えめに呟かれた名前にロリッシェは意味ありげな表情を浮かべるとそう切り返した。肩に掛けた白のショールを羽織り直すと歩き出す。その後ろ姿を見つめていた執事は頭を下げると客人用のティーカップを持って来るべくその場を後にした。有能な執事は嫌いではない。寧ろ好ましいほどだ。いつもよりご機嫌な様子で、軽やかな足取りで廊下を歩んでいく。広い廊下を歩き、正面玄関までやって来た頃、漸く客人と巡り会うことが出来た。男は一瞬驚いたように瞳を見開いたのも束の間、すぐ様姿勢を正すと恭しく頭を垂れた。その姿はまさに兵士そのものだ。服装は固い鎧に身を纏っていなくてもその姿が浮かんでしまうほど分かり易い。
「ロリッシェ様、今回は屋敷に私をお呼びいただき……」
「ああ、いい。堅苦しい挨拶は止せ」
堅苦しいのは嫌いだ。と告げるロリッシェにクロエルは頷く。その姿に満足したロリッシェは案内するように歩き出す。さぞかし後ろでは困惑した表情のクロエルがいることだろう。声を立てずに笑みを広げると靴の音を響かせ歩き続ける。広い廊下には真っ赤な絨毯が敷き詰められ豪華な印象を与えた。いや、実際豪華なのだろう。クロエルが仕える城と余り変わらぬ豪華さが其処に広がっていた。
「所で私を呼んだのは誰なのですか?」
突然投げかけられた疑問にロリッシェはのんびりとした口調で受け答えをする。
「まあ待て。まだ呼んだ張本人が此処に来ていないからな。取り敢えず世間話でもするか」
そう呟きながらクロエルを案内した場所は先程まで優雅に紅茶を飲んでいた広い庭園だった。
冬とは思えないほど冬の花が辺りに咲き誇り庭園を着飾っている。冬なのに何故か太陽が出ていて暖かい日だった。こんな日だからこそ外でサロンを開こうと思ったのだろう。だが、自分様な兵士がこんな場所に来てはいけないような気がするのは気のせいだろうか。
しかもこの国の王子でもある二人を差し置いてこの場所に来ているのだ。居心地が悪いと言えば悪かった。
そんなクロエルを見通してかロリッシェはテーブルに肘を置くと手を組んだ。その間にも用意された紅茶が置かれる。いい香りが辺りに漂った。角砂糖をスプーンでかき回しながらロリッシェは笑う。
「我が屋敷の執事はとっても紅茶を入れるのが美味いのだ。是非とも飲んでみろ」
「はい。では……頂きます」
言われたとおり自分は砂糖を入れずに口をつける。うん。味がとても渋くなく、しかし濃すぎる味でも無かった。ちょうど良いと呼ぶのに相応しい味付け。まさに熟練技とも言える味の良さに「美味しいですね」と素直に感想を漏らした。だが、気づいた時には既に遅くロリッシェは嬉しそうに微笑む。自分の執事が誉められたのが嬉しかったのか、それとも自分が進めた紅茶が美味しいといわれたのが嬉しかったのかはわからない。だが、純粋に喜んでいるようでもあった。
「所でこのサロンはどのような理由で開かれたのですか?」
ふとした瞬間に浮かんだ疑問にロリッシェはただ、ただ、笑いながら遠くを見据えた。
「ちょっとした戯言だよ。何事にも余興は必要だと思わないか?」
「は、はあ……」
意味が分からずそう呟く事しか出来ないクロエルにロリッシェが畳み掛ける。
「偶にはそう言った事も楽しまないと損だからね。それに――」
そう呟きかけたロリッシェだったがふいに顔を上げるとおや?と呟いた。オッドアイの瞳は遥か遠くを見つめ何かを探っている。その姿は何処か綺麗で美しい。何をしていても絵になる人だと思った。
その瞬間チリン、と音が鳴り響きロリッシェは微笑みを湛える。
後ろで控えていた執事が「ロリッシェ様」と呼んだ。その言葉に首肯すると鈴のようなかわいらしい声を響かせる。
「どうやら来たようだな。お客さまを此処に案内してくれ」
「畏まりました」
恭しく執事は頭を垂れると颯爽と立ち去る。その去り際も実に見事だ。後でまた会うことは必然的なのについついその姿を視線で追ってしまう。ふいに視線が勝ち合い、頬が反射的に赤らむのがわかった。やはりこの女性はどこかリオーフェに似ているような気がするのだ。そんなクロエルの疑問にも気づいていないのかロリッシェは頬に手をあてがうと優雅に微笑んだ。
「どうもハプニングを起こすのが得意なヤツのようだ」
「……私が、知っている方ですか?」
「嗚呼。良く知っている人だよ」
意味ありげに微笑むその姿に妙に嫌な予感を感じる。まさかと思い視線を扉の方に向けた瞬間――勢い良く開かれ、息を切らした女性が其処に立っていた。大きく見開かれた蒼い瞳が何処までも澄み切っている。端正な顔を歪め、慌てたように声を発する。
「ロリッシェ!どうしよう……」
「リオーフェと街ではぐれてしまったことか?」
何もかも見透かしたような言葉に赤髪の女性――エカテリーナ・ルクセンブルクは瞳を大きく見開いた後ジトリと目の前の人物を睨み付けた。何もかも知っているようなその態度が気にくわない。ヒールの音を響かせエカテリーナはこの屋敷の主でもあるロリッシェを見下ろした。
「で、リオーフェは今どこにいるの?」
「さあな。目を離したお前が悪いと言うものだろう。それにリオーフェも子どもじゃない。もうじき此処にやってくるさ」
「何を根拠に……嗚呼、わたくしのかわいいリオーフェに何かあったらどうしましょう」
困惑した様子で落ち着きが無く辺りを歩き出すエカテリーナ。その様子に気にした様子もなくロリッシェは紅茶に口を付ける。そこまで心配する必要など何処にもないのだ。彼女だって立派な15歳。それに彼女には「彼」もいることだし――
「さあ、エカテリーナも此処に座れ。紅茶でも飲んで落ち着いたらどうだ」
空のティーカップを傾け微笑むロリッシェにエカテリーナは頭を抱え込みそうなほど俯きながらため息を付いたのであった。
優雅な微笑みに騙されるな。
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