ルヴレインとは嘗て使えていた国の名前――そして、第一王女『――――・ルヴレイン』
 歴史から抹消された幼き王女の名を滅ぼした国の、憎き国王の息子が口にしている。此れほどの屈辱がこの世に存在するのだろうか。目の前のレオン王子を睨みつけることも出来ずクロエルは視線を逸らす。今はこの国に使えている身なのだ。あの時、情けで助けられたとは言えその時の感謝した気持ちを失っているわけではない。この国にも一応借りはある。自分のような一般兵が逆らえる立場では無いのだ。だが、言いたくない。これだけは言えぬことなのだ。乾いた空気が開いた唇から入り込む。カラカラ乾いていて痛い。何度か開きかけた口を漸く開けると声を発しようとした時だった。
「こんな所に居たのかレオン。……それにしても此処は相変わらず閑静だな。冬場は特に人が近寄らない」
 やんわりとした面持ちでゆったりと歩いてくる人影にクロエルは敬礼をする。隣では一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに表情を繕ったレオン王子が走り寄った。その表情はどこか厳しい。
「兄上!まだ病み上がりなのですから部屋で休んで居てくださいと言ったでしょう!」
「ああ、知っている。だが、何時も同じ部屋に閉じ込められていれば息も詰まると言うものだ。それにお前にお客様だ。それと其処に居る兵士も連れて来い。だそうだ」
「お客さま?」
 怪訝そうに聞き返すレオンに対しルーベンツは人の悪い笑みを浮かべると小さく呟く。
「綺麗なお客さんだよ」


***


 豪華な客室に案内された人物は優雅にその場に寛いでいた。一級品のソファーに腰掛けていてもその優雅さは消えず、むしろ美貌が良く映えていた。雪のように真っ白な髪の毛は艶やかで、光りを浴びキラキラ輝く。オッドアイの瞳が女性に謎と不思議さを醸し出す。その姿はまさに天女と呼ぶに相応しい。しなやかな腕についたブレスレットが軽快な音を立てた。頬にあてがわれた手は病弱なのでは無いかと思うほど白い。部屋の中に入ってきた二人を見ると笑みを深めた。その美貌に一瞬クロエルは息を飲んだ。妖艶とはこのことだろう。真っ直ぐ見据える瞳は酷く綺麗だった。だが、同時にレオンは嫌そうに顔を顰める。
 ロリッシェもオッドアイの瞳が歪むと同時に隣にちゃっかり座りこむルーベンツを睨みつけた。
「私はクロエルだけ呼べと言ったはずだぞ?」
「そんなにカリカリしないの。久しぶりの再会だよ?二人ともそんなに喧嘩腰は良くないって」
 仲介に入るルーベンツをロリッシェは一瞥するとレオンに向き直る。繁々と見つめた後、本当に似てきたな、お前。と意味不明なことを告げる。何時だってそうだ。この女は自分を誰かと比べ似ていると言う。自分は国王に似て居るわけでも無いし、其処まで王妃に似ているでもない。ただ髪の色が同じだけだ。だが、目の前のロリッシェは何時も似ていると言う。誰と比べているのかは知らないが、比べられる自分の身にもなってほしい。何だか見知らぬ人間と比べられるのはあまり良い気持ちでは無いのだ。そんな人の気さえも知らずロリッシェは柔らかなソファーに体を沈める。何処でも胡坐を掻くのは癖の様だ。それが国王の前でも彼女は敬うなどと言う行為をしないだろう。それが彼女と言う人間だからだ。相手に敬意を払う事は一切ない。
 一体彼女が誰で、王子の前でも何故こんなに寛いでいるのかクロエルは理解出来なかった。それ以前に気になる事があったのだ。あの外見を自分はどこかで見たことがあるような気がする。いや、あの素顔の人と会ったら一生忘れないだろう。だから直接会ったわけでは無いのだ。写真?自画像?ぐちゃぐちゃになった記憶に探りを入れるが答えは一向に出て来ない。出てきそうで出て来ないのだ。不愉快な気持ちにクロエルが眉を寄せた時だった。ふいに視線が合うと同時にふんわりと微笑む。その姿が何処かリオーフェと重なり頬を赤らめる。自分は何を考えているのだろうか。リオーフェと目の前の女性が似ていると思うなんて……
 性格も身に纏っている雰囲気すら全く違うのに何だか似ていると思ってしまったのだ。そんなクロエルを他所にソファーに座りこんだ三人は話を始める。
「私はお前等に用は無いのだよ。あるのはあそこに居る兵士だ」
「あの兵士に何の用だ?」
「そんな事をお前等に話す必要は無い」
 キッパリ切り捨てるとロリッシェは一歩下がったところで見ているクロエルを見据え笑う。人を不愉快にさせるような笑みでも彼女には妙に似合っていて何だか苛立ちさえ感じられなかった。ふいに懐から一通の手紙を出すとクロエルに渡す。真っ白な髪が揺れた。
「私の知り合いが是非お前も呼んで欲しいと言われてね。自分が赴くと警戒するだろうから私が直々にやってきてやったのだ。こうしてわざわざサロンの招待状を持ってくる貴族なんて他には居ないだろうね。勿論お前に拒否権は無いよ」
 どうやって断ろうか考えていた矢先、それさえも見透かしたようにロリッシェが呟く。黙りこくったクロエルに対しロリッシェは声をたてながら笑うと歩き出す。靴の音がやたら辺りに響いた。青と緑のコントラストがゆっくりと細められる。
「アイツが中々面白い者が見られると言うから来たのだが……本当だな。此れは傑作だ」
 敵の国で兵士として働くのは楽しいか?そうクロエルの耳元で呟くロリッシェ。その言葉にひゅっと、息を呑んだクロエルの姿に満足したのか再び笑いながら歩き出す。何で彼女がそんな事を知っているのだ?驚いたように見つめる先に立っていたロリッシェは微笑むと小さく振り返り薄っすらと唇を開く。
「また会おう。今度はサロンで」
 そう言いながら去っていくロリッシェの姿にレオンは呆れた様にため息を付いた。相変わらず意味のわからない女だと思った。

魔女は微笑む。何処までも可憐に美しく、


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