「お遊びが過ぎすぎますわ。ロリッシェ・フィルミ・グローカス公爵」
「種明かしはつまらないぞエカテリーナ」
 公爵と呼ばれロリッシェは酷くつまらなそうな表情をした。折角見つけたオモチャを取り上げられた子供のようだ。だが、ロリッシェは仕方がないと言わんばかりにため息をつくとチラリとエカテリーナを見る。エカテリーナは半目で見ながらも彼女の立場を説明し始めた。
「リオーフェ。彼女はロリッシェ・フィルミ・グローカス。地位はまあ、聞いての通り公爵よ。昔から王国に仕える貴族の家柄で現在はグローカス家を纏める当主をやっているの。この人から何を聞いたのかは知らないけどあまり本気にしない方が良いわ。妄想癖があるから」
「……む。失礼な言い種だな。妄想癖とは何だ、妄想癖とは。想像力豊かと言え」
「いいえ。貴女は十分妄想癖よ。リオーフェを捕まえて何を話しているのかと思えば……とにかく、貴女が随分長い間屋敷を空けていると連絡を受けて急いで此処に来たのよ!貴女は何かと此処に来て読書をする癖があるから」
「良いじゃないか。年寄りの楽しみを奪うな」
「だったら当主の座を他のものに譲ってからそう言う科白は吐きなさい。仮にも王国に仕える大貴族の家柄でしょう」
 もっと自覚を持ったらどうですか?殆ど呆れたように呟くエカテリーナにロリッシェは唇を尖らせる。
「仕方がない。今日は帰るとするか。リオーフェ。此処は好きに入って使って良いぞ。何せサーシャも此処を使っていたからな」
「え?」
「お前が来る前の話だ。独り身だった彼女は私の友人で、此処で良く知識を高めたものだ」
「それって――」
「つまり、此処はリオーフェ。お前も入る権利があるというものだ。勿論この場所を作ったのは私だが特別気に入ったから特別入ることを許そう」
「は、はあ……ありがとうございます」
 礼を言うべきものなのか迷いながらも呟けばロリッシェは満足したように頷く。そしてエカテリーナを引き連れて一足早く階段を上っていってしまった。あんな人が実は貴族だったという事自体に驚きだが、何よりもサーシャと仲が良かったと言うことに驚いた。サーシャとロリッシェが会っている所など一度も見たことがない。自分が知らないところで会っていたのだろうか?困惑するばかりのリオーフェだが、結局何も分からなかった。


***


「何故輪廻転生の話をしたのですか。いいえ、其れよりも貴女がリオーフェの前に姿を現したこと自体が問題なのです」
 揺れる馬車の中、恐い表情でエカテリーナが呟いた。その視線を一身に浴びながら平然としていられるのは彼女だからだろう。リオーフェと同じ髪の毛の色を流しながら不敵に笑う。どんな笑顔でも彼女の前では霞んでしまうほど完璧に作られた笑みだった。
「言っただろう?彼女から私の夢の中に入ってきたと」
「では、本当に……」
 困った様子で唸るエカテリーナを尻目にロリッシェはクスクス笑う。撫で上げるような猫なで声が辺りに広がる。
「彼女は似ているなぁ」
「……誰にですか」
 怪訝そうに呟くエカテリーナを完全に無視し、ロリッシェは独り言を呟く。どうせ言ったところで彼女はつまらない反応を示すだけなのだろう。どうもリオーフェのことになると感情的になってしまうようである。冷静さを掻くほど彼女には魅力があると言うことだ。
「無駄なことも時には必要だと思うけどな、私は」
「貴女はありすぎなのよ。本当に気まぐれなチェシャ猫のようね」
 的を射る比喩表現をするエカテリーナにロリッシェは苦笑するしかない。確かにそうだ。自分は気まぐれで何時だって自由奔放だ。誰にも囚われないし、縛られもしない。私は昔から自由だ。自由こそが私そのものだ。
 其れを分かっていて目の前の良き親友は呟く。それは一種の愚痴なのかもしれない。いや、愚痴を称した当てつけか。其処まで分かっていながらもロリッシェは甘んじて受け入れることしかしない。こんな性格をしていても何時も迷惑を掛けている自覚は一応持っているからだ。彼女が聞いたら「何処が持っているのよ!自覚の欠片も無いじゃない!」と叫びかねないが、此でも一応自重しているつもりなのだ。其れが伝わらないのだから仕方がない。残念だ。
 窓は景色が流れるように飛んでいく。その風景は迚も綺麗だ。ガラガラと揺れる馬車の中ロリッシェはふいに瞳を閉ざす。広がるのは途方もない闇、と僅かながらの光。それは世界に与えられた微かな光だった。
「世界は救う価値があると思うか?エカテリーナ」
「さあ。私からは何とも言えないわ。其れを決めるのはリオーフェ本人だもの。あの国を滅ぼすも生かすも彼女の意思一つで決まる」
「その通り。だが、彼女はあの王国を滅ぼそうとはしないだろう」
「……」
 遠くを見つめぼんやりと呟いたロリッシェにエカテリーナは黙る。その通りだとエカテリーナ自身も想う。彼女は絶対に其れを望まない。何故ならば失う悲しみを知っているからだ。人が死ぬときの儚さを、醜さを、身をもって知っている。だからこそどんなに嫌われていてもその道を歩もうとはしないのだろう。
「だがあの国王は黙っていないぞ。恩というものを知らないからな。あれは恩を仇で返すタイプだ」
「確かにそうかもしれないわね。何度燃やしてやろうかと思ったことか。隣で立っていたリオーフェの方がずっと大人だと思ったわ」
 その時の光景を思い出しエカテリーナは苦笑する。馬車は夕焼け色に染まる道をひたすら走っていたのであった。


天秤に掛けられた世界。


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