【輪廻】――生あるものが死後。迷いの世界である三界・六道を次期の世に向けて生と死を繰り返すこと。別名――
「輪廻転生とも言うが、私は何度繰り返したか自分でも覚えてはいない」
 驚きの内容がその口からこぼれ落ち、リオーフェは瞳を見開く。言っている意味が分からないのは自分だけなのだろうか。リオーフェの困惑を余所にロリッシェはまるで世間話をしているようにぼやく。
「実際死なぬ人間など居ないのだ。不老不死などと言う麻薬めいた言葉のために人はどれだけの金と時を費やしたのだろうな?私はこっちの方がよほど楽だと思う」
「でも……」
 リオーフェの言いたいことが分かったのかその言葉さえ遮る。
「何度も、何度も永遠に繰り返される。この人生に終わりなど無い」
「……」
「小さな国の姫よ、お前はどう思う?この世界は救う価値があると思うか?」
 意味が分からない。どうしたら其処まで話が飛躍できるのだろう。貴女のことを聞いていたのに既に話の流れはロリッシェに向いていた。まさに摩訶不思議。沈黙するリオーフェに初めてロリッシェが立ち上がった。黄金の椅子から降りた姿はまるで女神のように美しく気高い。真っ赤な絨毯に初めて足が着いたようすはこれからも忘れないだろう。立っているだけで彫刻の様に威厳が満ちあふれていた。
「輪廻転生の話は信じられないかね?だがこの世界にはまだ知らぬ事がたくさんある。ドラゴンには会ったよな?」
「ドラ、ゴン……、て……え?知っているのですか」
 驚いたように瞳を見開くリオーフェにロリッシェは心外だと言わんばかりに瞳を見開く。
「知っているとも。彼を見つけたとき歓喜に震えて抱きついたほどだからね。その事に彼は酷く憤慨していたが……あれもいい思い出だ」
 一体何時の時代に生きていた頃のロリッシェを言っているのか分からない。だが、多分初代白き魔女の頃の話だろう。ドラゴンもロリッシェのことを一言も言わなかった辺りまだ根に持っているのかもしれない。
 此処に来て初めて笑うリオーフェにロリッシェは一瞬驚いたように瞳を見開いたがすぐさま微笑む。優しい、微笑みだ。両手を掲げるとリオーフェを抱きしめ囁く。それは甘い声音。
「賢い子だ。私の意思をよく受け継いでくれている。これも時の流れのせいかな?」
「?」
 意味が分からずロリッシェの顔を見上げた瞬間だった。

「ロリッシェ!!」
 鋭い声が響き渡り、続いて素早い動作で螺旋階段を降りてくる音が響いた。カツカツと音が響くと同時に凄まじい勢いで図書館のような地下室を走ってくるのは綺麗な燃えるように赤い髪を靡かせ、蒼い瞳を鋭い光を宿した女性だった。白い頬は走ってきたせいか赤らみ息は乱れている。その様子にロリッシェはクスリと笑った。
 その様子にエカテリーナは頬を膨らませる。
 何故エカテリーナ様が此処にいるのだとか、何故ロリッシェのことを知っているのだとか疑問は様々だ。そんなリオーフェの疑問を余所にエカテリーナは怒りを抑えたような声を響かせた。
「わたくしの大切なリオーフェを誘惑しないで下さい」
「おやおや。黒の魔女は嫉妬が深いようで困る」
「何をいけしゃあしゃあと。貴女の男女構わず手を出すところには困っているところですわ!」
 美人が怒ると其れだけ迫力がある。柳眉をつり上げ怒る姿は綺麗だが恐ろしい。
「さあリオーフェを離しなさい!!」
「やれやれ。ただ話をしていただけだというのに……」
「嘘をおっしゃい!ただ話すだけで何故抱きしめる必要があるのよ」
 ギロリと睨み付ければロリッシェは心外だと言わんばかりに肩を竦める。そのまま歩き出すと再び黄金の椅子に座った。胡座を掻くと上から見下ろすように見つめる。
「お前は少しリオーフェに依存しすぎる部分が有りはしないか?」
 何処か呆れを含んだ口調。リオーフェは驚いたように自分を抱きすくめている女性を見上げた。確かに良くエカテリーナ様はお茶をしに来たりマーフィンを食べに来たりはするがそこまで自分に依存しているとは思わない。しかしロリッシェは顎に手を当てると瞳を細めた。
「依存してないと言い切るのは勝手だが自覚した方が良い。あのお前にしては珍しいほどの執着心だからな」
「そんなこと……なら貴女はどうなんですか。いきなりリオーフェの前に姿を表すのは卑怯よ!今まで姿を現す事をしようとしなかった貴女が何故……?」
 エカテリーナの疑問にもロリッシェは静かに答える。何処までも静かな声だった。
「勝手に私の夢の中に入ってきたのはリオーフェだ」
 呆れたように呟くロリッシェに今度はリオーフェ自身が驚いた。とんでもない事を言ったのは気のせいだろうか。大きく目を見開き、目の前にいるロリッシェを見つめる。そんな視線すらもうっとおしそうにはね除けるロリッシェ。オッドアイの瞳が猫のように細められた。
「日向ぼっこをしている最中あまりにも気持ちが良すぎて舟をこいでいたらいつの間にか誰かが夢の中に入り込んでしまってね。困ったと思ったら其処にいるリオーフェが原因だったと言うことだ」
「……」
「……」
 その言葉にエカテリーナは黙りこくり、またロリッシェも沈黙する。重たい雰囲気の中、意味が分からずリオーフェは意を決して呟いた。
「……つまり、どう言うことですか?」
 その言葉に此処に呼んだ張本人は酷く楽しげに笑う。
「つまり、少なくとも普通の人間ではないと言うことだねぇ」
「な、なにを……」
 驚いたように瞳を見開くリオーフェに対しロリッシェはケラケラ笑いながら冗談だよ。と笑い飛ばす。だが、リオーフェにはどうもそれが冗談ではないような気がしてならなかった。


変な人。でも、不思議とそんなに嫌いじゃないわ…


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