世界には不思議なことが溢れ返っている。彼女はその事を改めて知った。この世界に本当に魔女がいないと言われれば本当にいないのか分からない。世界は広いのだ。そして色んな人種もいるし、様々な考えを持つ人間も存在する。普通の人間の私たちが『魔女』と言われるのであれば一体目の前にいる女性は何と言えばいいのだろうか。
 読心術で心の中を読み取ったかのように女性は静かに瞳を閉ざすと嘲笑う。
 自分が見下されているのに納得がいかず眉を顰めた時だった。
「――魔女の歴史はとっても古い。だが、それ以前から十三姉妹(グランドシスターズ)は結成されていたのは知っているか?」
「いいえ」
 唐突な質問にリオーフェは無表情のまま首を振る。ふむ。とロリッシェは唸ると瞳を細めた。
「魔女の世界の歴史をそんなに知らないようだな。世界は深くそれでいて浅い。この歴史も深いようで実際は簡単だ」
「そんな風に言い切れるのは貴女だけだと思いますけど?」
 臆することもなくリオーフェは言葉をぶつける。彼女はそんな態度もすべて甘んじて受け入れているようだった。すべてを知っていて彼女は更に摩訶不思議な疑問を私に投げかけてくる。それに答えられなくとも彼女は構わないのだ。ただ、ただ私の答えが聞きたいだけなのだから。そう、その答えが正論からほど遠くても彼女は私自身の答えが聞きたいのだ。
 理解できないと見つめる先にロリッシェはいる。其れが現実だと言わんばかりに。
「華やかな歴史の中には必ず闇がある。だが、人々はその歴史に目を向けたがらない。闇の歴史など所詮忘れたい出来事の一つに含まれるのだから。ならば何故闇の歴史を人々は作る?必要だからだ。この歪んだ世界に我々のような嫌われ者の存在が」
「……そうかもしれません」
 リオーフェはロリッシェの言葉を否定することが出来なかった。その通りだと自分自身でも思ってしまう。自分だって歴史から削除された人間の一人だ。世界に存在を否定され、名前も生きる価値すら無くなったのは随分昔のことのように思える。忘れかけていた本来の名前も昔の護衛兵、クロエルのお陰で思い出すことが出来た。悲しくて、恐くて、変わりたくないのに私は徐々に変わっていっている。
 変わらぬ人間など居ないのに、私は変わりたくないのだ。

「それは純粋な恐怖からくるものだ」
 静かにロリッシェは呟いた。
「誰もが変わりたくなくて――でも変わるしかない。だから変革を求め人は一つの歴史に終止符を打つ。そして新たな歴史を始める。その時一緒に歴史の闇も葬りたいからだ」
「……」
「人は何処まで愚かになれるのだろうな?」
 そんなの私に問われても分からない。だが、目の前で妖艶と笑うロリッシェは答えてはくれない。それが、紛れもない真実だからだ。聞きたいことなど山のようにある。貴女は何もなのかとか、何で家の地下室にいるのかとか、山のように在りすぎて分からなくなる。とりあえず一つずつ問題を解決することにした。
「とりあえず、何で貴女が生きているのかお聞きしたいのですが」
「私はこの世にいてはいけない存在かな?」
「だって、初代白き魔女なのですよね」
「嗚呼」
「初代白き魔女が現れてから既に500年は経過しています」
「そうだな」
 欠伸が出そうなほど間の抜けた声。
 だが、リオーフェは真剣に目の前の女性を見つめている。
「じゃあ貴女は何なのですか」
 純粋なる疑問に薔薇のように気高く美しい女性は微笑んだ。
「私は私だよ。リオーフェ」
「っ……」
 そんなことを聞きたいわけではないのだ。彼女は何故意味不明なことを告げるのだろうか。困惑したのは自分だけだろうか。気を取り直して質問を続ける。
「ロリッシェ・フィルミ・グローカス。では貴女は人間、何ですか」
「いいや」
 やんわりと否定するように首を振るった。
「では……本当の本当に、魔女なのですか?」
「ではリオーフェは私が何に見えるのかね?」
「……魔女、です」
 そう、自分のように偽りの魔女などではなく彼女は列記とした魔女に見える。エカテリーナ様よりも魔女に見える。あの方は酷く抜けているところがあるから魔女に思えないときがあるのだ。でも、人々の噂はあの方を魔女だと示唆する。そんなこと、在るはずがないのに。

 一方魔女と言われたロリッシェは声を立てて笑いながら「本当に正直な娘だ」と言う。別に正直なのではない。思ったことをそのまま口にするのだと考えていると、また考えを読まれたのか同じ事だよ。と笑われた。
 不思議な人とはこういう人のことを言うのだろう。
 何処までも綺麗で、それでいて何時も謎を身に纏う女性。まるで囁く言葉は謎かけのようでいて実は真実のことが多かったりする。彼女は回答者にいつも正論を言わせるように導かせる。そして納得させると満足したように微笑むのだ。
 きっと彼女の中では一つの理論が出来上がっているのだろう。それをずっと貫き通しているから強く、それでいて美しく見えるのに違いない。自分はそれを貫く強さもなければ持ち続ける理論も無い。
「じゃあ何時から貴女は生きているのですか」
「……生きている、というのは難しい質問だ。私は何度も死んでいるよ」
「では……」
「ただ記憶は残っている」
「?」
「つまり、同じ人生を何度も繰り返していると言っても良いだろう。輪廻という言葉を知っているかい?」
 それは初代白き魔女と呼ばれた女性から漏れた言葉とは思えないほど意外な言葉だった。


得体の知れぬ女は艶やかに嗤う


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