『ベッドの下にある地下室への扉を開けろ。其処に更なる知識の倉庫と生々しい歴史が綴られた日記がある。見るか見ないかはお前次第だリオーフェ』
それは夢であって夢でしかない。風邪が治ってから既に一週間が経っていた。リオーフェは今の今まで忘れていた事を思い出し面倒そうにため息をついた。そんなことを真に受けるわけではない。でも、あの女性は確かに初代白き魔女の名を口ずさみ、言い放ったのだ。それは嘘なのか誠のことなのか分からない。でも、確かめる価値はあると思う。リオーフェは一度も模様替えをしたことがない部屋の中に立ち尽くした。まずはベッドを退かさなければならない。何とか引っ張りながら動かす。
数分後息を切らしたリオーフェが見つけたのは一つの扉だった。今までこの家で過ごしてきたがこんな扉を見つけたのは初めてだ。驚きの真実にどうしようか悩む。だが、人は甘美なる誘惑に勝てない。結局地下へと続く扉を開けてしまったのだ。開いた扉の先にあったのは石造りの階段だった。遙昔に作られた物なのだろう。埃が被り長年人が入っていなかったのが分かる。一瞬躊躇しつつも入っていった。片手にランプを持ちもう片方を壁に沿えゆっくりと降りていく。
そんなに深くないのかすぐに地下へと着いた。間を置いて扉が設置されている。そっと開いた先はまさに図書館と呼ぶに相応しい場所だった。天井まで積み上げられた木製の本棚。その間には隙間無く本が詰め込まれている。世界中を探しても此処まで広い図書室のような地下室はないだろう。一歩遅れてリオーフェは足元を見た。螺旋階段が下まで続いている。下は真っ赤な絨毯が敷き詰められていた。
壁はむき出しの岩などではなく大理石。どうやったらこんな豪華な造りを、しかもこんな地下室に造れるのだろうか。瞳を瞬くリオーフェ。答えは幾ら考えても見つからない。とりあえず落っこちないように螺旋階段を降りながら一歩一歩確認する。何故この図書館には埃がたまっていないのか疑問だがこのさいにしないことにする。一々気にしていたら迚もじゃないがやっていけないような気がしたからだ。
無事に地面に着地することが出来た。自分がいた場所を確認すれば有に五メートル近くある。その為か至る所に脚立が立てかけてあった。うん。身長の低い自分には優しい図書館である。と言っても自分は人並みの身長なはずだ。少なくともそう思っている。
自分と同じ白い髪の毛をふんわりと巻き、オッドアイの瞳を楽しげに細めた女性。まだ若いのに自分のことを年寄り扱いしたり、人を見下したり、色んな意味で凄く強い女性だと思った。極めつけは初代白き魔女の名前を名乗った時だ。女性が言ったとおりに日記を探し出す。というかこんな広い場所に日記など置いてあるのだろうか。初めて見る光景に辺りをキョロキョロ見渡していたときだった。
「72代目白き魔女よ」
「!」
夢の中と同じ声音が辺りに響く。其れは静かに波紋を広げる声だった。静かな空間に声を広げるには十分すぎるほど静かでいて綺麗な声音。思わず辺りを見渡すがそれらしき姿は無い。もっと奥なのだろうか。何故こんな場所で彼女の声が聞こえるのか不思議だった。だが、その驚きは更に仰天へと変わる。
図書室のように広い地下室に設けられた中央には人が本を読める場所が設けられていた。その場所には夢の中で出てきた立派な黄金の椅子が置いてあり、相変わらずだらしなく女性が胡座をかいている。
リオーフェの姿を見つけるとオッドアイの瞳が細められ「遅い」と一言駄目だしされた。だがそんなことは問題ではない。何故こんな場所に彼女がいるのかが問題なのだ。夢の続きを見ているのかと思い頬を思いっきり叩く。うん。地味に痛い。これは夢ではないと改めて思った。ならば何故此処に彼女が居るのだ。
「ロリッシェ・フィルミ・グローカス」
「ん?」
とりあえず名前を呟いてみれば彼女は頬に手をあてがいながら間抜けな返事を返す。どうやら本人らしい。そして夢ではないようだ。何故此処にいるのだと言わんばかりに見つめればロリッシェはリオーフェの心を呼んだのか平然と答えた。読心術も出来るらしい。
「地下室の存在を教えたのは良いが日記を置いた場所を忘れてしまってな。こうして訪れた次第だ」
「何処から」
「何処から?おかしな事を言う。この地下室の存在すら知らぬ小娘がよく言うわ。他にも出入り口は在るに決まっているだろう」
その言葉に確かにそうかもしれないとリオーフェは思った。長年この場所にすんでいてこの地下を知らなかったのは仕方がないが、何故彼女が知っているのだろうか。聞くのを躊躇うが、聞かなければ先には進めない。恐ろしいえたいの知れぬ人物を目の前にリオーフェはゆっくりと確認する。
「この地下室を造ったのは、ロリッシェなのですか?」
「嗚呼、そうだ」
「……初代白き魔女と同じ名前なのは――」
「初代白き魔女が私だから私の名前を名乗ったんだ」
「……」
ありえない。ありえないの言葉に尽きる。500年前の人間が目の前にいるだけで信じられないのにサラリと何かほざきましたよ。思わず眉間に皺を寄せ考え込むリオーフェ。今のは嘘だと全力で否定したいのにどうも信憑性があって其れを否定できずにいる自分がいた。情け無い。情け無い話なのだが、否定できない。
彼女を否定したらこの部屋は一体何のためにあるのだと言いたくなる。
真っ白な細い指が顎に宛われ悠然と微笑む。椅子の上で胡座をかいているロリッシェは明らかに困惑しているリオーフェの姿を見て酷く楽しげだ。
「夢の中で言っただろう。世界は白か黒に別れていると。ちなみに今回私は白か黒、どちらだと思う?」
「……黒」
「正直で宜しい」
目の前のロリッシェに嘘をついても無意味そうなので正直に答えた。案の定、目の前で胡座をかきながら座っている女性は声を立てて笑う。彼女は豪快で遠慮というものがないらしい。でも、それでいて綺麗なのだから問題なのだと思う。
人を惹きつける魅力があるというのだろうか。彼女に見つめられると視線をそらせなくなる。今もそうだ。既にロリッシェから視線が離せなくなっている自分がいた。
「さて、何処から話そうか」
思案下に瞳を伏せる姿も絵になる。それは地下室での秘密の出会い。
それは神の対峙に似ていた
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