溢れんばかりの木漏れ日を受けリオーフェは目を覚ました。少しぼうっと頭がするがそんなの余り気にならない。景色がぼやけて見えるのはきっと熱のせいだろう。リオーフェは自分の額に置かれている濡れタオルを取った。白い頬は赤く染まっている。これはあの街で流行っていた病ではない。ただの風邪だ。起きあがろうとしてリオーフェは部屋の異変に気が付く。誰が自分の額にこの濡れタオルを当ててくれていたのだろうか、と。生憎リオーフェは一人暮らしだ。一緒に住んでいたサーシャも死んでしまった。友人と呼べるかも分からないエカテリーナ様だけが話し相手である。ふいにベッドに妙な重みが在るのに気づき視線をしたに向ける。そこには小さな椅子を持ってきたエカテリーナが座っていた。上半身はベッドの方にもたれ掛かっているために重みを感じたのだ。
 ――何故彼女が此処にいるのだろう。そんなことが頭を過ぎる。
 ぼうっとした頭でそんなことを考えることすら億劫になる。彼女を起こさずにこのベッドから降りることは可能だろうか?否、不可能に近い。困ったものだと眉を顰めた。この様子を見ていると彼女が自分の面倒を見てくれていたことが一目瞭然である。どのぐらい寝ていたのか知らないが、最低でも半日、若しくは一日ぐらいだろう。多忙なエカテリーナ様が自分のために其処まで時間を割いてくれるとは思っていない。
 仕方が無くゆっくりと足を蒲団から引き抜こうとしたときだった。赤い髪の毛がもぞもぞ動いたと持ったらぼうっとした視線が向けられる。その瞳はどこまでも虚ろだ。蒼い瞳が虚ろに見据えていたが、段段戻ってきたのかハッとしたように大きく瞳を見開いた。
「リオーフェ?」
「何でしょうか、エカテリーナ様」
「リオーフェ!!ああ、もう心配したんだからね!ずっと目が覚めないし、薬は何を作ればいいのか分からないし……仕方がないから濡れタオルで額を冷やしたりしていたけれど。まだ熱あるわよね、もしかして薬渡していたときに移された――」
「大丈夫です。これは単なる風邪ですから」
「あら、そうなの。じゃあ大丈夫なのね」
「ええ。ご心配掛けてすみません」
 頭を下げるリオーフェにエカテリーナはギュッと抱きしめる。まるで小さな身体を抱きしめようとする姿はまるで母親のようである。少し息苦しさを感じながらもリオーフェは甘んじて受け入れた。エカテリーナ様に抱きしめられていると生きている感覚が甦り安堵した。それにしても不思議な夢を見たというものだ。
 あの有名な初代白き魔女――ロリッシェ・フィルミ・グローカスの名前を名乗ったのだから。
 偽物、とまでは言いきれない。だが、あんな不敵な態度をとる人間だったのだろうか。だとしたらかなりの変わり者だ。
 リオーフェはふらふらしながら近くにある薬棚に向かう。確か風邪薬の薬は此処にあったと思う。ガサガサと探すとリオーフェは一つの瓶を取り出した。エカテリーナ様に飲ませた薬とは別物だ。これは熱冷まし。熱を冷ますための薬だ。あまり薬に頼るのは良くないが、今回は仕方がない。苦そうな薬を一気飲みすると思わず咳き込んだ。不味い、なんてもんじゃない。涙目になる。もっと少しは美味しくならないのだろうかと思いながらリオーフェは真剣に考える。こんな不味い薬を病に罹るたび飲むのは嫌だ。
 真剣に考えだしたとき、エカテリーナが漸く安堵したように微笑んだ。その笑みは何処までも綺麗で美しい。こんな人に迷惑を掛けていたなんて自分は駄目だなと思う。
 普段迷惑を掛けられていることをすっかり忘れリオーフェは苦笑した。
「一体どの位寝ていたのですか?」
「そうねぇ……大体二、三日は寝ていたかしら?若しくは四日??」
「え、そんなにですか!!」
「ええ。本当死んだように寝ていて吃驚したわ」
「すみません、忙しいのに私の面倒を見て貰ったりして……」
 ガバリと頭を下げるリオーフェに一瞬エカテリーナはキョトンとした後、ケラケラ笑う。そんなこと何でもないのにこの小娘はそんなことを心配するというのだ。この私がそんなことを心配すると思っているのだろうか。莫迦みたいだ。莫迦で、莫迦なのだが優しいのだ。エカテリーナは囁くようにその名前を呼んであげる。
「リオーフェ」
「……何ですか?エカテリーナ様」
 不思議そうに見つめるリオーフェ。微かに首を傾げた。
「クロエル、最後まで心配していたわよ」
「……」
「また風邪が治ったら会いに行きましょうね」
「……本気ですか?」
「あら、私はいたって本気よ」
 そんなにおかしな事を言ったかしら?と微かに首を傾げ笑うエカテリーナ。確信犯であることは間違いない。困惑したようにため息をつくリオーフェを尻目に遠くを見据えた。
 窓の外は相変わらず雪がちらついている。年がら年中雪が降っているのも問題だと思った。この地域は雪しか降らないから……
 エカテリーナはふと何かを思いついたように笑う。
「リオーフェ、引っ越ししない?」
「しません」
 どうやら死ぬまでこの家から離れる気はないらしい。その意志の強さに思わずエカテリーナは笑った。



だって、ここは大切な私の家だから。


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