ふくよかな女性の宣伝効果もあったのか人々が噴水の周りに殺到した。皆薬をもらうためだ。一列に並んでくれと言うものの物には限りが存在する。我先にと手を伸ばす輩が後を絶たない。それでも均等に薬は皆の手に渡っていった。此で助かるとみな泣いて喜んだ。その光景にリオーフェは安堵したように見つめるのだ。これこそが白き魔女本来の役目なのだから。寛容な心持ちでどんな相手に対しても助ける。其れこそが白き魔女でもあり、サーシャの意思そのもの。全員に行き渡ったのか殆どの人が居なくなった所で安堵したのかは知らないが気を抜いていたのだろう。ふいに近づいてきた男が急に殴りかかってきたのだ。咄嗟に防御するがそれも十五歳の女の子。簡単にその場に押し倒されてしまった。辺りに散らばる薬。倒された勢いでフードが外れる。驚いたように見上げるリオーフェを余所に男は狂ったように叫んだ。
「何故もっと早く来てくれなかったんだ。あと一日早かったら息子は、息子は……っ……」
「……っ」
その言葉にリオーフェは肩を震わす。分かっていた。分かっていたはずだ。そんなこと、助かる人は居てももう死んでいる人はいるのだと。その騒ぎを聞きつけたクロエルとレオンが男を取り押さえた。それでも暴れる男はリオーフェに向けて鋭い言葉を突き刺した。
「人殺しが!!」
「……」
人殺し。その言葉が重くリオーフェに降りかかってくる。残酷で、深い言葉。傷つきやすい心を容易に抉る。思わず悲痛に顔が歪んだ。だが、それを悟らせぬように無表情で目の前の男と接するとリオーフェは静かに呟いた。それは真実であり、自分は人間である。
「わたくしはただの人間です。護りきれない者もあります。……ですから、魔女を万能の存在と思わないで下さい。わたくしたちだって貴方方と同じ人間です。この制度のせいで『異端者』となってしまいましたがごく普通の人間なのです」
そう呟くリオーフェは十五歳の少女そのものだ。フードを被っていたせいと彼女の身に纏う雰囲気が大人びて見せたのだろう。まだ小さな子どもに対して攻め寄ってしまった罪悪感もあるのか男は固く口を閉ざした。だが、肩が震え、その瞳にはたくさんの涙が止めどなく溢れ出る。
その様子に無言で見ているリオーフェに後ろからやって来たエカテリーナが再びフードを被せる。そして抱きしめると宥めた。それは母親のような優しさだ。
「大丈夫。貴女が悔いることはないわ。貴女は立派に薬を作り病に罹った人々を助けたわ。でも私たちは万能じゃないんですもの。助けられない人もいる。そんな悲しい顔をしないで、白き魔女」
「……わかっています。そんなの、最初から分かっていたんです」
でも、割り切れない。そう呟くリオーフェは酷く悲しげだった。その痛みを理解できるから、だから彼女はこんなにも悲痛そうな声を出すのだ。だが、そんなことよりもレオンの一番の疑問は白き魔女の外見だった。あの真っ白な髪の毛、そしてアメジストの瞳。あれは嘗て滅ぼした名も知れぬ国の人間が似たような外見をしていたのを覚えている。一度だけその国のパーティーにも行ったことがあるのだ。もしかして、彼女はその国の生き残りなのだろうか。真剣な眼差しでリオーフェを見つめる。
嫌な予感に冷や汗が頬を伝った。
「お前は――この国に対して私情を含むので在れば救う価値のない国とまで言ったな」
「……?」
「それは、嘗てお前の国を滅ぼした国だからか?」
「……っ!?」
突然呟かれた言葉にリオーフェは肩を震わせる。何故今頃そんなことを、言い出すのだ彼は。思わず振り返ればレオンは真剣な表情で手を伸ばす。咄嗟に避けようとするがフードを思いっきり外され素顔が晒された。外気の風が頬を優しく撫でる。風に揺られ白い髪が風に舞った。
「その髪の色、そのアメジストの瞳……間違いないな。お前は――」
「それ以上言うな!!」
レオンの言葉を遮るようにリオーフェは叫んだ。その瞳は憎悪に彩られ、歪んだ。自分が今何と口走ったのかさえ分からないほど怒っているのが分かる。その外見に似合わないほどの殺気を放ち叫ぶ。それは悲痛に彩られた声だった。それは今まで生きてきたリオーフェが抱え込んできた憎悪すべてだったのかもしれない。その枷が先程この男に言われたことにより外れてしまったのだ。
「私は、私は……大嫌いだ、お前達が。目の前でお母様やお父様、お兄さま達を目の前で殺されたときに私という存在は一度抹消されたのに。世界からその存在を拒まれ、一度死んだ筈なのに、どうして、どうして思い出させるの。あの時何もかも終わったはずなのに、どうして今になって――嫌よ、嫌……助けて、誰か、だれ、か……」
「リオーフェ!!」
錯乱したように譫言を呟き続けるリオーフェを抱きしめるエカテリーナ。抱きしめるその手は微かに震えていた。彼女の苦しみを自分は理解することが出来ない。彼女は強いと同時に脆いのだ。その強さは同時に儚さを示しているのだから。彼女が強くいたいと想えば思うほどその心はひび割れていく。キッとレオンを睨み付けるとエカテリーナは怒鳴った。今まで感じたことがないほど恐ろしい怒りと共に。
「最低ね。どうしてそんなことが言えるのかしら貴方は。彼女がその過去を乗り切るためにどれ程苦労したと思っているの?……これだから王国の連中は。だから助ける価値がないのよ。それでも彼女は使命だからって助けたけれども無意味だったんじゃないの。もう良いわ。リオーフェ、帰りましょう。こんな場所に貴女の居場所はないわ。帰りましょう」
そう呟くとリオーフェを抱きしめ歩き出す。いつの間に呼んだのか反対側から馬車がやって来てそれに二人は乗り込む。その光景を見ていたクロエルが叫んだ。
「リオーフェ様!」
「さようなら」
無慈悲なまでに冷たいエカテリーナの声が響く。それは完全なる訣別の証だった。
崩れ落ちるのは一瞬の出来事
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