外に待ち受けていた馬車に乗り込むと四人は馬車に揺られ城下町へと降りていく。窓の外を見ても普段の活気づいた光景は窺えず、むしろシンとしているのが分かった。今外では不明の風邪が流行っているのだ。罹ったら最後、どんな医者でも直すことが出来ない不治の病。既に何人もの人が死んでしまったのだろうか。大広場に着いたリオーフェ達だったが、殆どの人が家の中に引きこもり外で遊んでいる者は居なかった。居るのは少しでも高熱を下げようと度々水を汲みに来る母親らしき物の姿だけだ。
リオーフェは馬車から降りるとちょうど水を汲みに来ていた母親らしき女性に声を掛ける。ふくよかな女性はリオーフェの姿を見ると小さく悲鳴を上げた。それは恐怖に色づいた瞳。白きマントを羽織るのは白き魔女というのは誰もが知っている。だが、そんな女性にリオーフェは手を伸ばすと一つの瓶を差し出した。それはリオーフェが王国で作った薬。
「薬を作りました。風邪に掛かっているのでしょう?この薬を使いなさい。風邪が治ります」
「そ、そんなもの、誰が信じられると……」
恐怖に後ずさりながらも女性は叫ぶ。汲んだ水は辺りに散らばっていた。煉瓦が敷き詰められた大地を水が浸透していく。その光景に困ったと言わんばかりに眉を顰めるリオーフェ。やはり自分達は嫌われ者のようだ。その時、馬車から降りてきた第二王子レオンが声を放つ。
「この魔女の言っていることは本当だ。現にルーベンツもこの薬で快復に向かっている」
「!レ、レオン王子……それは、本当ですか?」
王子の姿を見ると女性は目の色を変えて聞く。どうやら王子の肩書きは絶大のようだ。リオーフェのことは信じなくても王子の言うことは信憑性があり信じられるのだろう。無言で頷く王子に女性は再びリオーフェに向き直る。その顔が未だに強張っているのに気づいた。リオーフェはそっと薬を差し出す。
「貴女に神のご加護がありますように」
「……ありがとう、ございます」
噛みしめるようにそう呟くと薬を受け取り女性は走っていく。その様子を見つめながらリオーフェは小さくため息をつく。いつの間にか隣に来ていたのかレオンの低い声が鼓膜を震わせた。
「そのマントを取れば白き魔女だと誰にもばれないぞ。そうすれば国民だってみんな薬を受け取ってくれる」
「其れは無理です」
「何故だ」
「わたくしたちは魔女です。その素顔を晒すことは死に値するのと同じ事」
ふいにリオーフェがレオンに向き直るのがわかった。
「わたくしたちは『異端者』なのです王子。この街では嫌われ者も同然。そんな街で自分の素顔を晒すことほど無意味なことはありません。貴方は国民的英雄かもしれませんが、私たちはその反対――つまり悪の存在なのです」
同じ人間であるわたしたちを魔女と決めつけ魔女の森に追いやったのはあなた方でしょう?そう呟くリオーフェの声はとても冷ややかだ。その言葉に言い返すことも出来ずレオンは黙りこくる。其れだけです。そこで会話は終了した。彼女はそれ以上喋る気はないのだろう。白いマントは殺伐とした風景に浮かんで見えた。黒き魔女でもあるエカテリーナが馬車から降りてくると囁いた。
「やはり此処では私たちは『異端者』のようですわね。王国が定めた制度のせいで同じ人間でも区別されてしまう。やはり助けるべきではなかったのかしら?」
容赦のない言葉をぶつけるエカテリーナにリオーフェは静かに呟いた。
「そんなこと在りません。どんな人間でも生きる意味はありますから」
だからそんな悲しいこと言わないで下さい。それはどこか懇願するような声だった。誰も助けず見捨てるのが嫌なのだろう。そんなのエカテリーナとて同じだ。態とらしくため息をつくと微笑む。
「白き魔女は優しいのね」
「そんなことありません」
「いいえ。少なくとも人が居なくなると言う痛みを知っている。其れだけで十分強いわ、貴女は」
「勿体なきお言葉、ありがとうございます。黒き魔女」
何も言わなくても分かるというものだ。この二人には強い絆が結ばれているのだと。隣で見ていたレオンだったが、先程の女性が再び戻ってきたのが分かった。その手にはバスケットが握られている。息を切らしながら走ってきた女性はリオーフェの前に立ち止まるとバスケットを差し出した。キョトンとした様子で首を傾げるリオーフェに女性は照れた様子で無理やり渡す。
「息子が、先程の薬を飲ませたら呼吸が良くなって……本当に、ありがとうございます。これは、気持ちなので、受け取って下さい」
「ありがとう」
「礼を言うのは私の方です!本当にありがとうございます!」
「……えは、同じように苦しんでいる病の方が居たら呼んで下さい。私は此処で薬を差し上げますから」
「っ……はい!」
リオーフェの言葉に女性は再び走り出す。その足取りが先程とは違い軽やかなものになっていることにリオーフェは気づいていた。一度世界からいらないと言われた存在が今は必要とされている。それが、酷く心地よかった。
その笑顔が見たいから頑張るのです。
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