エカテリーナは両手にたくさんの薬草を持ちながら歩いていた。リオーフェに薬草を取りに行ってくれとお使い?を頼まれたのだが、意外と王国には薬草栽培が盛んだったらしい。ビニールハウスに咲き誇った薬草の数々はさすがとしか言いようがなかった。金をたくさん持っているだけのことはあるという物だ。だが、薬草だけ在っても宝の持ち腐れ。使い切れなければ意味が無いというものだ。優雅な動きで靴の音を響かせ歩いていく。使用人や城の家来達とすれ違うたびに奇異の目で見られたり、コソコソとうわさ話をする姿が見られたりする。だがエカテリーナはそんなことを気にするほど子どもではない。気にした様子も見せずコツコツ歩いていくとふいに一人の青年と出会った。漆黒の髪が歩くたびに揺れ動き、アイスブルーの瞳が鋭く前を見据えている。
 第二王子レオン王子だ。エカテリーナはそのまま通り過ぎようと脇をすり抜けたときだった。カツ、と靴の音が止まるのが分かった。ぐるりと振り向くとレオン王子はエカテリーナを見る。その瞳は獲物を見つけた鷹のように鋭い。
「貴様は悪名高き黒き魔女だそうだな」
「まあ。悪名高きとは失礼ですわ、レオン王子。わたくしからしたらあなた方の方が悪名高い存在に思いますけれども?貧困に苦しみ呻いている国民を助けるどころか病で倒れていく姿を何もせず見ていることしかできない貴方達が」
「……口には慎め。死にたいのか」
 スッと剣を取り出すとエカテリーナの首に剣を差し出す。彼の瞳はどこまでも真っ直ぐで真剣だ。だが、エカテリーナは剣を恐れた様子も見せず小莫迦にしたように笑うとゆったりと唇をつり上げる。真っ赤な唇が恐ろしく艶やかに見えた。
「本気で言っているのですか。貴方は今ご自分で申し上げたじゃありませんか。わたくしは『悪名高き黒き魔女』なのでしょう?ならば、貴方の命を奪い取るのも動作もないと言うことですわ。其れが出来ないので在ればわたくしはただの人間。と言うことになりますわね」
「……」
 コロコロと笑う姿は本気なのか些か分からない。表情が見えないと言うのはこういうとき困るという物だ。何を考えているのか全く分からない。剣を下げることも出来ず睨み付けているとエカテリーナは凛とした声を辺りに響かせた。それは今までのようなふざけた声などではなく真剣な声音。
「その差し向ける剣の意味すら分からないのに人に向けるのではありません。少しは悟ったらどうですか。貴方では今のこの国を助けることが出来ないと。苛つくのは分かりますが他人に八つ当たりをする暇がおありでしたら少しは自分に出来ることを探したらどうなのですか。それが出来ないのであれば……」
 エカテリーナは悠然と微笑む。
「其処までの人間だったと言うことですわ」
 失礼しますわ。靴の音を響かせてその場を後にするエカテリーナ。後ろから痛いほどの視線を感じても其れを完全に無視し歩を進める。少しは彼のようなお莫迦さんは反省する必要があるのだ。怒りにまかせて人に八つ当たりをするなど以ての外である。「氷の王子」と言われ、人々に恐れられる冷徹な彼だがやはり自分の兄の容態は気になるらしい。まあ、アレだけ苦しんでいる姿を見れば誰だって気になるだろう。

 急ぐわけでもなく、かといって遅く歩くわけでもなく、普通の速度で歩いていくエカテリーナ。
 何度も通った部屋なのでノックするわけもなく部屋のドアを開けたときだった。
「あら……わたくし、お邪魔だったかしら?」
 目の前に広がる光景にエカテリーナは人の悪い笑みを浮かべる。その言葉にハッとしたようにリオーフェは声を張り上げた。マントを外していたせいでその表情は丸見えだ。年相応な顔立ちで焦ったように手を振るう。普段冷静沈着なリオーフェを見ているだけにこういう慌てた様子のリオーフェは珍しい。
「いや、え……あ、これは、誤解なのです、エカテリーナ様!!」
「……エカテリーナ様?」
「あ……」
 咄嗟に口走ってしまうリオーフェにクロエルが不思議そうに首を傾げる。その様子にエカテリーナは声を立てて笑うと二人の元に近づく。そしてゆっくりと顔を覆っているマントを外すと長い赤い髪の毛をふんわりと出す。蒼い瞳がしょうがないわね。と笑っていた。
「私がエカテリーナ・ルクセンブルクのもう一つの顔。黒き魔女の正体よ、クロエル・フェイン殿?」
「これはエカテリーナ様……そうだとはつゆ知らずご無礼をお許し下さい」
 慌てた様子で詫びをするクロエルにエカテリーナは気にした様子もなくコロコロ笑う。本当にこの状況を面白がっている様子だ。手に持っていた薬草をリオーフェに渡すと興味津々でクロエルを見つめる。蒼い瞳が何もかも見透かすように見つめていた。
「本当、貴方達って見ていて飽きないわよねぇ……初めて見たときから何かあると思ったけど、貴方の観察力は凄い物があるわ。あの変装をしたリオーフェを一発で見破っちゃうんですもの。凄いとしか言いようがないわ」
 で、リオーフェのことどう思っているの?と直球に聞かれクロエルとリオーフェは目を見開く。何を言い出すのだこの人は。固まった様子でエカテリーナを凝視するリオーフェにクロエルは暫し考えた後、穏やかな表情で答えた。
「何時までたっても大切な主です」
「……」
 それは彼の忠実さが窺える言葉だった。


まあ、慌てた貴女も可愛らしいわね!


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