大理石で出来た床の上には真っ赤な絨毯が敷き詰められ、豪華な城の構造が窺えた。市民の税金から賄われて此処まで立派になった建物。だが、その市民は苦しみ流行の風邪に為す術もなく王国の医者はすべて匙を投げていた。極めつけに第一王子ルーベンツがその病にかかり一週間も寝込んでいる。熱は一向に下がるけはいを見せない。困り果てた国王が最後に考えた案はとても皮肉な策だった。我が国で十三姉妹(グランドシスターズ)と呼ばれる魔女でもある白き魔女に力を借りることにしたのだ。噂に寄れば天才的な薬草調合でどんな病気も治してきたという。だが、その魔女の力を借りるのはどうしたものかと考えたのだ。魔女制度を作ったのはこの国の歴代の王だ。それも数百年に渡って行われているわけで、何百万人の被害者が出たか分からない。彼女もその被害者のうちの一人なのだろう。本当に魔女など存在するとは思ってはいない。だが、この国を支えているのは魔女狩りでもあるのだ。魔女狩りが無くなれば市民の不平不満はすべて自分達王国に向けられる。その視線を何処かに逸らさなければならないのだ。その当てつけが魔女と呼ばれる異端者。手紙を送ったものの来るかどうかさえ分からない状況で一人の一般兵が国王の前で足をつけた。恭しく頭を下げると報告する。
「たった今、白き魔女と名乗る者が現れました。招待状も持ってお出でです」
「そうか、通せ」
「あと、白き魔女以外にも黒き魔女も一緒に御同行するようです」
「何!?」
その言葉に国王は驚いたように立ち上がる。案内したのはあくまで白き魔女だけな筈だ。だが、黒き魔女も一緒にやってくるとは……。この城が穢れる。と皮肉るように呟いた瞬間鈴が転がるような可憐な声が響いた。何処までも莫迦にしたような口調は明らかに国王に向けられている。
「あら、まあ……失礼なお方ですわ。あなた方が我々をお呼びになったから来たと言いますのに。申し遅れましたわ。わたくし、白き魔女と共に御同行いたしました黒き魔女です。あなた方が白き魔女に危害を加えないか不安でしたので一緒に来たのですが……やはり一緒に来て安心しましたわ。あなた方はそういう人間ですものね」
人を見下し、莫迦にするような態度。愚かしいにも程がある。深々と被った黒いマントで表情が見えないが真っ赤な唇がつり上がる。ほう、とこぼれ落ちたため息がどうにも態とらしい。
「やはりわたくしが言ったとおりこの様な者達を救う価値はありませんわ、白き魔女」
黒き魔女の発せられた言葉に思わず青ざめる国王。折角の思いで呼んだというのに息子のルーベンツの病気も治さぬまま返せるわけがない。莫迦みたいに立ち上がった国王に今まで沈黙を決め込み、口を閉ざしていた白き魔女が口を開く。感情が籠もらぬ声が響いた。
「やはりあなた方は何も変わらないのですね」
それは何かを確かめるような声だった。
「貴方は何時だって自分のことしか考えていない。わたくしが何故此処に赴いたのか分かりますか?正直申しあげると貴方の息子を助けるためだけに此処に来たわけではありません。手紙に書いてあった内容だけでわたくしは貴方達を信じるほど愚かではありませんから。それに白き魔女としてではなく一個人として言わせていただけるのならば貴方達など見殺して当然な相手に助けを請うているのですよ。貴方達が忘れても私は忘れない。この醜き負の感情を一生」
ゾッとするほど冷たい声音に国王は肩を震わす。こんな恐ろしい殺気を見に受けたのは生まれて初めてだ。戦で戦場に出たときだってこんな恐ろしい感覚を味わったことがない。目の前の小娘ごときに自分が怖じ気づいているのが悔しかった。白き魔女は暫しの間何かを考えるように口を閉ざしていたがゆっくりと口を開く。その声は先程のように殺気が込められていなかった。感情をすべて押し殺した声。
「わたくしは今日、白き魔女として此処に来ました。私情で抱えた恨みを晴らすために来たのではありません。白き魔女の役目はどんな人間でも病気で苦しんでいる人がいれば助ける。それが私の役目であり使命です。不本意ですがお助けしましょう。それとも、助けはいりませんか?」
真っ白なマントの下から見える輪郭では彼女がどんな表情をしているのか分からない。国王は縋る思いで助けを請うた。悔しいが彼女の力が必要なのだ。息子を助けるためには。
「何でも褒美は取らす。だからルーベンツを、ルーベンツを助けてやってくれ」
「褒美などいりません。だったらもっと国民の税金を減らしてあげて下さい。国民は貧困と飢えで苦しんでいることでしょう。あと、わたくしが薬を調合するための部屋とわたくしが指示する薬草を用意して下さい」
「……わかった」
「まずはルーベンツ王子の容態を見ます。案内して下さい」
「……着いてこい」
国王は王座から離れると自ら動き出す。その様子にリオーフェは後に従った。その姿を見ながらエカテリーナはクツリと笑う。真っ赤な唇が弧を描いた。コツリ、コツリと歩くたびに靴の音が響いた。目の前を歩いていく少女の姿はどことなく威厳があり、白き魔女という言葉も板にはまってきたと思う。誰が想像できるだろうか。彼女がたったの十五歳の女の子だと言うことを。
まだ幼くて、年端もいかぬ女の子。幾ら大人びているとは言えまだ子どもなのだ。もはや彼女を動かしているのは一つの使命感だけだろう。サーシャとの約束。ただそれだけで私情を押さえ込み必死で殺したい相手を目の前にしても平然としているのだ。どんなに冷静さを繕っていてもエカテリーナの目の前では無意味だ。
零れたのは一つのため息。
「悲しいですわね」
それは寛容なる彼女に向けられた言葉だった。
偽善者は今日も笑う
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