はっきり言って異端者と呼ばれる魔女が直々に王国から呼び出されるのはまず無い。王国から生み出した制度のせいで自分達が同じ人間から差別を受けているのだ。本来ならばそんな要求を受ける必要すら無いのだ。もし仮に呼び出されたとてその人間はわざわざ王国に赴くだろうか?赴くはずもなく寧ろ深い森の中に閉じこもるのが無難な線だと思う。誰だって殺されたくないのだから。普通の人間ならばそう思うだろう。此処にいる人間は少なからず全員王国に裏切られた人間が集っているのだから。
リオーフェは一度も使ったことがない白いマントを引っぱり出してきた。自分の持っている中では一番高級で綺麗なマントだ。嘗て老婆――サーシャがくれたものだった。サーシャはあまり物を与える人ではなかった。その中でも此は特別なときに身につけろと言われ渡された物だった。今がその時だと思う。大きめのマントを羽織、首元にある金具を止めれば完全に表情が見えなくなった。このマントは自分の姿を隠すには最適な物で魔女として活躍するときには重宝する品物の一つだ。鏡の前で丹念に変なところがないか確認しているとコツリ、と高い靴の音が響いた。ゆっくりと振り返れば真っ黒なマントに身を包んだエカテリーナの姿が其処にはあった。同じように深々とマントを被っているせいか表情が見えない。同時に誰だか分からなくなり恐くなった。
「……エカテリーナ様?」
その恐怖を紛らわせるようにリオーフェは声を出す。震えていなかっただろうか?咄嗟にそんなことを思うがエカテリーナは気にした様子もなくケロリと言った。
「あら、随分様になっているわね。白き魔女に十分見えるわよ!後は相手に若いからって莫迦にされないようにしなくちゃ。いざとなったら私が横やり入れて脅して上げるから安心しなさい!」
「はぁ……」
何とも情け無い声を上げるリオーフェ。彼女が言うと本当に脅しそうで恐ろしい。此から会う国王のことを思い少しだけかわいそうに思った。このエカテリーナを相手にして生きていられた者はいないのだから、むしろ国王が相手だろうと関係なく彼女は喧嘩を買う。売られた喧嘩は買うタイプの人間だ。普段の容貌からは想像しがたいが、それが彼女である。幾多の噂を耳にしてきたのだ。噂は所詮噂でしかないと言え彼女は何かを絶対するはずだ。
「問題だけは起こさないで下さいね」
「分かっているわよ。私はただ黒き魔女としての役割を果たすだけだから」
黒き魔女の役割。そう、彼女は十三姉妹(グランドシスターズ)の中で最も権力が在り、すべてを纏める役目を担っている。裏切り者がいればその処罰を下すのもエカテリーナの役目である。そんなエカテリーナと何故リオーフェのような小娘と仲が宜しいのかは未だに分からない。先代のサーシャとの間からも少なからず関係していると考えていた。ふわりと長いマントを靡かせるとエカテリーナは微笑む。
「さて、参りましょうか。忌まわしき莫迦王がいる所へ」
「さすがに莫迦王は言い過ぎですエカテリーナ様。くれぐれも本人の目の前でそれは仰らないで下さいね」
「まあ。喧嘩上等よ!相手が売った喧嘩は買わなければ」
「止めて下さい。話がややこしくなりますから。それにそんなことをしたら本当に首が飛びますよ」
勿論速攻その場で。王の周りには少なくとも十人近くの護衛兵が居るものだ。そんな場所で暴言を吐いたりでもしたら即首が飛ぶのは間違いない。恐ろしいです。と呟くリオーフェにエカテリーナは素直で宜しいと笑った。本当に大胆不敵な方だと思う。コツリ、とヒールの音が響き歩き出す。その後に従うようにリオーフェもまた歩を進めた。真実が幾ら残酷でも自分はそれでも進まなければならないのだ。世界が其れを望んでいるのだから。
慣れ親しんだ家を離れるのは惜しい。戸締まりをしっかりすると暫しの別れを告げる。再び帰ってくるのだ。自分は此処に。それまでの辛抱だから……
「行ってきます」
誰もいない家に向かってリオーフェは呟いた。その様子に外で待っていたエカテリーナは「寒いから早く行きましょう!」と声を上げる。確かにその通りだと思い扉を閉ざした。この扉を開けるのは何日後だろうか。それでも帰りを待っていてくれる存在が居るというのは嬉しい物だ。振り返ることもなく歩き出す。雪を踏む感覚が酷く不安定で蹌踉ける。吐く息が白い。辺りを白く染めていく雪は何処までも綺麗だった。粉雪のように降り続ける雪にそっと手を伸ばす。掴んだとしてもそれは一瞬のうちに溶けて無くなるというのに私は手を伸ばしてしまう。
「エカテリーナ様」
「なあに?」
先頭を歩いていたエカテリーナはリオーフェの言葉に振り返る。
「どうして、人は無駄だと知りつつも雪に手を伸ばすのでしょうか」
儚くて、触れれば消えてしまうと分かっていても人は雪に手を伸ばす。
「さあ、どうしてかしらね。それでも欲してしまうのが人間の定めなのよ。目の前に綺麗な物が在れば触りたくなるでしょう?それと似ているのかもしれないわ」
その通りなのかもしれない。質問はそれだけ?と呟くとエカテリーナは再び歩き出す。真っ白な景色の中、黒いマントがはためいた。必ずこの場所に戻ってくると固く心に誓った瞬間でもあった。
此処が私の帰る家だから
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