あまり人目に触れることがない場所にその屋敷は建っていた。こんな場所には似合わないほど豪華な屋敷は年に数回しか使われていないと言うのにとても綺麗だった。そんな中、円卓に十二人の魔女の姿があった。言わずともしれた、十三姉妹(グランドシスターズ)のメンバーである。だが、リオーフェの姿は一向に見られない。エカテリーナは綺麗な眉を顰め時計を見上げた。時刻は後少しで約束の時刻を刻むところだ。遅い。明らかに遅すぎる。薬草を採りに行くとしても此処まで遅くなるはずがないのだ。何かあったな、と椅子に体を沈めながらそんなことを思う。
 まあリオーフェの事だからそんなに心配はしてないのだが――

「可笑しいね、まだ来ないのかい?白き魔女は」
 見え張って薬を作れると言い張ったのはいけど、作れなかったのかネェ〜。とおもしろ可笑しく笑う雨蛙……もといカミューラ・ケニストンを軽くスルーし考え込む。もしかして、もしかすると――嫌な予感を感じ、エカテリーナは鋭い瞳をカミューラに向けた。ゾッとするような冷たい眼差しにカミューラは驚いたように体を震わせる。
「貴女、まさかリオーフェに何かやらかしたんじゃ……」
「まさか!それは魔女の掟で御法度の行為だよ。そこまで性根は腐って無いつもりだけどね」
「あら。貴女なら十分やりかねないと私は思うけどねぇ」
 綺麗な笑みを浮かべ笑う姿はどことなく怖い。笑っているはずなのに笑っていない。その場にいる者の誰もが言葉を失い目の前にいる魔女を見つめた。赤いウェーブ髪か柔らかく動き、深海のように深い瞳が細められる。
 しかしその威厳たっぷりな態度は何処までも恐ろしく感じさせた。
 ふいにその時、ドアが勢いよく開かれると同時に一人の少女が入ってきた。白とも言える銀色髪の毛は突風でも浴びたのかぐしゃぐしゃで、顔も何処か半泣きになっていた。アメジストの瞳が涙を溜めながら潤んでいる。リオーフェは異様に静まり返った部屋を見渡すと、ゴクリと生唾を飲む。おずおずと桜色の小さな唇が開かれた。
「あの……もしかして、時間過ぎちゃいましたか?」
 何処までもか細い声にエカテリーナは時計の時刻を確認するとセーフよ。と微笑んだ。その表情は先程浮かべていた笑みとは比べものにならないほど優しく、綺麗だ。席から立ち上がるとエカテリーナは乱れたリオーフェの髪を直すと席に座るようにほす。
 なんだか居心地が悪い様な気分になったが、とりあえず座ることにした。こうして評議会(サバト)に出るのは初めてだ。とりあえず時間に間に合ったからよかったものの……あぶなかった。リオーフェは鞄の中から小瓶を十二本取り出すと一人一本ずつ配る。中身は無論――黄昏の秘薬だ。
 一寸の狂いもなく作られた薬は完璧な金色の秘薬を作っていた。何処までも透き通った金色の液体。その液体を眺めたエカテリーナは感嘆した声を上げた。
「さすが白き魔女ね!凄いわ、こんなに綺麗な薬は見たことがないわ」
 かつての白き魔女だって此処まで透き通った黄昏の秘薬は作れなかっただろう。まだまだ成長するであろうリオーフェにエカテリーナは優しい笑みを浮かべた。そして数回手を叩くとニッコリ笑う。今回この場を仕切るのは自分の役目だ。
「さてさて、今回の騒動だけれど……リオーフェはしっかり『黄昏の秘薬』を作って来たわこれで誰も反対なんてさせないわよ。特にカミューラ、あんたに一番言い聞かせたいのだけれども……」
 聞いているのかしら?と微かに首を傾げ、嘲笑うエカテリーナ。悔しそうにカミューラが顔を顰めたのが分かった。だが、目の前にある薬はケチを付けるところが無いほど完璧で綺麗だった。自分でも今まで作ってきた中でも一番の出来とも言えよう。それはあのドラゴンのお陰なのかもしれない。なにかとつけて助言をしてくれたドラゴンに感謝しつつもリオーフェは目の前で繰り広げられる光景を見る。
 といってもカミューラ一人だけが納得いかないという表情を浮かべているだけだ。
「さて、と……カミューラ。貴女、自分が何をやらかしたか分かっているのかしら?」
 突然呟かれた言葉に誰もが首を傾げた。それはリオーフェとて同じだ。アメジストの瞳が捉えるエカテリーナは何処までも綺麗だった。
「私が何も知らないと思っているのかしら。貴女、リオーフェを殴ってまで白き魔女にしたくなかったのね」
「!」
「な、何の事かねぇ……?」
「惚けなくてもいいわよ。私にはすべてお見通しなんだから」
 リオーフェは目の前で繰り広げられている光景に呆然とするばかりだ。何故エカテリーナは私が襲われたことを知っていたのだろうか。無論自分は言いつけたりなどはしていない。というか今来たばかりなので言えるはずがないのだ。
 平然としているエカテリーナにカミューラは顔を蒼白にさせて口をわなわな震わせている。雨蛙みたいな顔が更に雨蛙の様に見える。
「貴女が認めないのなら私はいいけど……覚悟は必要ね」
 まるでどん底に突き落とすような言葉にカミューラはその場に崩れ落ちる。どこまでも恐ろしいお方だと再認識された瞬間でもあった。

そうして一つの試練が終わった


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