手の中に転がるのは透明の液体が入った薬。それは先代の白き魔女、サーシャが最後に作った薬らしい。しかもドラゴンと仲がいいところを見ると、それほどの仲だったのだろう。ドラゴンはぎらついた瞳を細めると楽しげに笑った。
「お前とは仲良くやれそうだ」
「そうですか……」
 頭を下げるリオーフェにドラゴンは着いてこいと告げると歩き出す。広い洞窟にドラゴンの地鳴りが響き渡る。揺れる大地にやっとの事で追いついたリオーフェが見たものは天井から太陽が差し込む楽園のような場所だった。天井が無いため、太陽が射し込みキラキラ輝く。その下には誰にも手がつけられていない薬草ばかりが咲き誇っていた。こんなに薬草ばかり咲いている場所も珍しい。
「凄い!」
 感動したように走り寄るリオーフェ。黄昏の秘薬が作れる薬草は殆ど此処で手に入る。瞳を輝かせ見つめていると、ドラゴンはいつの間にか大鍋を用意し、火を焚き付けていた。熱い鼻息を吹きかければ一瞬で薪が勢いよく燃え上がった。ふいにその瞳がリオーフェに向けられるのが分かった。
「さあ作れ、白き魔女よ」
「え?」
「時間がないのだろう。事情は知っている。今から作れば一週間後の評議会(サバト)に間に合うぞ?」
「もうそんなに時間が無いのですか!」
 驚いたようにリオーフェは叫ぶと急いで大釜に近寄ったそして近くにある薬草を掴み取ると丁寧に調合を始める。薬草を細かく刻み、鍋の中に順番に入れていく。この順序を間違えただけで黄昏の秘薬は完成しない。それを理解してかリオーフェの手は微かに震えていた。失敗は絶対に許されない。72代目白き魔女として認めてもらうにはこれしかないのだ。
 内心あの雨蛙に苛立ちを隠せない。あの女さえ邪魔しなければこんな目に会わなかったというのに。それと同時にドラゴンにも会わなかっただろうと少しだけあの雨蛙に感謝した瞬間だった。


 一週間近くかけてグツグツ煮込んだ薬草は完成へと近づいていた。最後に首狩草を入れるだけだ。慎重に切りそろえると鍋の中に入れてグルグルとかき混ぜた。紫色の煙が空へと立ち上っては消えていく。その光景を見ていたリオーフェは鍋の中身を確認すると金色に輝く薬が出来上がっていた。鍋の底まで透かして見える液体。完璧だ。それを確認すると始めてリオーフェは安堵の表情を浮かべた。
 そんな姿にドラゴンも微笑む。小瓶にしっかり入れていると、ふいにドラゴンが太陽の位置を確認しながら唸った。
「そろそろ行かないと間に合わないぞ」
「うん。それはそうなのだけど……どっちみちこのまま歩いていっても間に合わないよ」
 此処から評議会(サバト)まで丸二日はかかる。どんなに走っても一日で着くはずがないのだ。折角薬が出来たというのに……落ち込んだように瞳を伏せるリオーフェにドラゴンが鼻で笑うのが分かった。
「やれやれ……お前は何も分かってないようだな」
「?何がですか」
「この私がお前を連れていってやると言っているのだ。評議会(サバト)まで」
「本当ですか!」
「ああ。白き魔女が困ったときは力を貸す。それが初代白き魔女との約束だからだ」
「……」
 嗚呼――だからこのドラゴンは白き魔女たちを補佐してきたのだろう。初代の魔女と交わした約束を今でも忠実に守り続ける。それはどれだけ大変なことなのだろうか。人間の一生などドラゴンにとっては一瞬なのだろう。生きる長さがちがう。だが、それでも知りゆる者が死んでいくのは心が痛む。それを今までずっとこのドラゴンは見とって来たのだろう。
「ありがとうございます」
「……」
 感謝を込めて頭を下げればドラゴンが息を呑むのが分かった。その瞳は大きく見開かれ、こちらを見据える。そんなにおかしな事を自分はしたのだろうか?不思議そうに見返せば何でもない。と呟き体を屈める。
 ドラゴンの皮膚は想像以上に熱く、火傷してしまうかと思った。取り敢えず薬でカバーするが長くは持たないだろう。
「此処から評議会(サバト)までどのぐらいかかりますか?」
「一時間だ」
「え?」
「一時間でそのぐらいの距離なら着く」
 そう呟くと大きく翼をはためかせ飛び立つ。それはリオーフェにとって忘れられない空の旅となった。

約束とは時に大切な存在となる


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