白き魔女と言う名を聞くと大抵の人間が私を興味深そうにみた後、こんな餓鬼なのか。と嘲るように笑う。今回もその一例を垣間見たようだ。まったく同じ反応をする少年にリオーフェは見つめ返すだけで何も言わない。
 だが、その瞳に浮かんでいる色は憎悪に彩られているのがわかった。まるで魔女そのものを憎むかのような視線にリオーフェは瞳を閉じた。
「なんであれ、助けていただいたことには変わりはありません。ありがとうございました」
 律儀に礼儀を欠かさないリオーフェに老人は少なからず好意を持ったようだ。だが、相変わらず少年は睨み付けるかのようにリオーフェを見続けている。そのあまりに痛い視線に堪えきれずその場を後にしようとすると思いっきり何かを投げつけられた。枕だ。驚いたように振り返れば少年はゾッとするような冷たい視線を向けながら叫んだ。
「お前が白き魔女だって?お前みたいのが……そんなの信じられるか!」
「でもそれが真実です」
「ならじいちゃんを助けろよ!白き魔女は何でも助けられるんだろう?最強の魔女なんだろう?だったら――」
「リゼルグ!」
 遮るかのような声がその場に轟いた。思わず肩を震わせる少年に老人は今までからは想像できないような鋭い眼光を浴びせながら静かに黙っていなさい。と呟いた。
 その言葉だけで十分リオーフェは理解する。多分この老人は何らかの病気を患っておりもうすぐ消える命でもあるのだろう。
「……魔女だから何でも出来ると考えるのは止して下さい。魔女と周りが騒いでいるだけで私はただの人間です」
 それは貴方たちも同じでしょう?そう呟かれた声はどこまでも優しい響きが込められていた。そして同時に理不尽極まりない王国を批判するような声を上げる。
「少なくとも貴方たちは望んでこの地に居るようには見えません。少しでも人と違っていればその人たちはすぐに異端者とされてしまう。……今の世の中は異端者が居ないと均等が保てませんから」
 だから我々のような存在が日に日に増えていくのです。その言葉は異様な響きが込められていた。
 それはとても悲しいことであり、この残酷な世界の現状そのものを表しているようだった。リオーフェはふと人形のように整った表情を歪めると静かに笑った。
「私がこの地までやって来たのはある薬を作るためです。その薬を約束の期限までに作らなければ私は白き魔女として認めて貰えません。だからここまでやって来たのです」
 そう、十三姉妹(グランドシスターズ)の一員として認めて貰えるように。鞄の中から小さな小瓶を取り出すとリオーフェはリゼルグと呼ばれた少年に投げ渡した。咄嗟に掴んだものの、なんだろうと怪訝そうな表情をする少年にリオーフェは悪戯っ子のような表情を浮かべる。
「かの有名な『黄昏の妙薬』です。それぐらいは知っているでしょ?」
「黄昏の……妙薬だって!」
 驚いたようにリゼルグは小瓶を眺める。中には金色に輝く液体が入っていた。これは先代の白き魔女が作った物だ。老婆は何でも作って見せた。長年薬作りだけをやっているだけのことはあるという物だ。その中でも一番大変だといっていたのがこの黄昏の妙薬だった。
 死者以外の者ならば誰でも治せるというこの薬。だが、自分でこれを作らなければならないのだ。今回は……
 未だに信じられないものをみるかのように見つめる少年にリオーフェはくすりと笑った。久しぶりだ。こんなに他人と話したのは。同じ森に住んでいると言っても見たこともなければ話したこともない少年と老人。
 だが、血まみれで倒れていた自分を助けてくれたのだ。これぐらいの礼は当たり前というものである。
「頑張って長生きして下さいね」
 そう呟けば老人は優しげに微笑みながら頷いた。その笑みだけで心が和むというものである。
 自分のやっていることは間違ってないと信じたい。
 残された期間で薬を作るためリオーフェはその家を後にしたのであった。

さようなら、グッバイと呟いた魔女


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