急に不気味な音を立てて開いたドアの先には一人の老人が立っていた。真っ白な毛むくじゃらの髪に長い髭。一見、魔法使いにも見える外見の老人だが、その奥から窺える瞳はとても優しげな色を宿していた。リオーフェはすぐに無表情を繕うと頭を下げる。この老人がきっと自分をここまで運んでくれたのだろう。
「……倒れていた私を運んでくれたのは貴方ですか?」
「いや。私と言うよりも孫の方と言った方が良いね。私はただ孫が連れてきたお前さんをそこに寝かせるように言っただけじゃ」
「ですが怪我をした見ず知らずの私を助けて下さったことに変わりはありません。ありがとうございます」
深々と頭を下げるリオーフェに老人は瞳を細めただけだった。たぶん老人の言っているとおりなのだろう。自分は何もして居ないのだから礼を言われるのは不思議な気分に違いない。リオーフェは視線を動かすと、辺りを見渡し静かに呟いた。
「ここは、どこか聞いても宜しいでしょうか?」
「ああ。ここはロメスタから東に位置する場所だよ。ここの付近には誰も住んでいないことで有名だからね」
それにしてもこんな所に血まみれで倒れて居たようだが、傷の方は大丈夫かい?と、心配げに呟いてくる老人にリオーフェは包帯の上から触りながら何とか頷いてみる。何とか行けそうだ。傷はまだ痛むがそんなことを言っていられる状態ではないのは自分が一番よくわかっている。自分には時間がないのだ。リオーフェは持ってきた鞄の中を漁ると傷薬を用意する。こんな事もあろうかと用意して置いたのだ。即効性なのでよく効くはずだ。
鞄の中から出されたのは実に小さな小瓶だった。中には苦そうな緑色の液体が入っている。リオーフェは迷うことなく口の中に一滴垂らすと飲み込んだ。口の中に苦い味が広がると同時に先程からしていた頭痛が収まっていく。スルスルと包帯を解けばすでに傷は無くなっていた。
驚いたように目を見張る老人にリオーフェは確かめるように頭を触っていたが、何ともないと判断すると立ち上がる。その姿はすでに元気そのものだ。
そんな姿に老人は恐る恐る尋ねるように口を開いた。
「もしや貴女様は――」
そう呟かれた言葉にリオーフェは視線をあげる。その瞳は深い色を示していた。そっとリオーフェは老人の手をやんわりと掴む。ゴツゴツした手はまるでその人の人生そのものを表しているようだった。この手でどれだけの苦労をしてきたのだろうとリオーフェはぼんやり思う。
仮にもここは外の世界から弾き出された者たちが集まる場所だ。この老人もそんな理由でこの場所に弾き出されてしまったのだろうか?それとも自分で望んでこんな地にやってきたのだろうか。自分のように。ありえない考えに自称気味に笑うリオーフェ。
ふと浮かべられた笑みは優しさすら感じられた。そんな様子に老人は驚いたように目を見張ると優しく微笑んだ。
その瞬間、古びたドアが思いっきり勢い良く開かれる。まるでエカテリーナがやって来たときのような開けっぷりだ。驚いたように目を見開くと、その先にはサングラスをした少年が立っていた。
そして老人とリオーフェを交互に見ると驚いたように呟く。その声はまだ声変わりする前の高い声だった。
「なんだ。じいちゃん起きていても大丈夫なのか?体弱いんだから寝てなきゃだめだろ。あと、そこのお前もあれだけの大怪我しといて起きた瞬間から立ち上がるなって……あれ?」
そこまで大声で喋っておきながら少年は気づいたかのようにリオーフェを見つめる。その瞳は明らかにリオーフェの頭を凝視していた。きっと傷が治っていると言いたいのだろう。リオーフェは半分入った薬の瓶を見せるかのように揺らした。
「嗚呼、私はこう見えても薬草とかで薬を作るのは得意なんです。これは傷薬。どんな傷でもあっという間に治せるものなんです」
「へぇ……凄い奴だったんだな、実は。それにしては無様に頭から血を流していたけど……」
「あれは……ちょっとした事故がありまして」
答えたいが答えるわけにはいかない。何と言っても相手は十三姉妹(グランドシスターズ)の一人に思いっきりやられてしまったので、言えずに言えない。これは魔女としてのプライドもあるが、何と言っても恥ずかしいというのが本音だ。
それに今回の傷は自分が未熟故に負った傷ともいえる。だからリオーフェは誰も咎めるつもりはなかった。
そんなリオーフェに少年はジロジロ見ていたが、ふいに老人が優しげに微笑んだ。
「貴女様のような方に会えるとは光栄です。72代目、白き魔女様」
「白き魔女だって!」
「……」
驚いたように声を上げる少年。無理もない。白き魔女と言うだけで誰もがその存在を知りたがるのだから。リオーフェは見慣れた光景に動じることもなく頷いた。こういった光景は老婆の側にいるときからよく見ていたし、何より自分が白き魔女になってから何度も体験した光景だ。さすがに慣れてしまったといったほうがいいのか?この場合は。
敬うように頭を下げる老人に困ったように眉を顰めるが、リオーフェは何も言わずに礼を返した。きっとこんな若いのが白き魔女だと聞いて驚いているのだろう。ふいに少年が口を開くのがわかった。
「お前が……お前みたいのが白き魔女だって?」
それはさげずむような視線だった。
それが世界の答え
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