相変わらず寒い日が続いた。最近では雪が舞い散るほどだ。積もることはない。だが、寒いことにかわりはない。暖炉に薪をくべながらリオーフェは静かに本を開いた。古く、汚らしい本だが薬草の事に関しては幅広く載っている。その量の厚さの分だけ色んな調合の仕方があるというものだ。
 寒い日は何もしたくないと言わんばかりに本を読んでいたリオーフェ。入れた紅茶がすっかり冷め切ってしまったため、新しいのを入れようと立ち上がった瞬間――凄まじい勢いで玄関のドアが開いた。同時に開いたドアから寒い北風が吹き込み体を震わせる。そんな様子に入ってきた女性は急いでドアを閉めた。再びふんわりとした暖かさが部屋の中を支配しはじめた頃、漸くリオーフェが口を開いた。
 だが、その視線はあまりにも冷たい。
「ドアが壊れたらどうしてくれるんですか、エカテリーナ様」
「だって寒かったんだもん」
「寒かったんだもん。じゃありませんよ!この前ドアが壊されたから直したばっかりなんですよ」
 もうお忘れですか?自分が行ったことなのに……冷たい視線を浴びせるが、エカテリーナは憮然とした様子で肩を竦めるとポツリと声を漏らす。
「この前は助けてあげたのに……そんな言われ方をするなんて」
「う……」
 酷いわぁーと演技がかった動きをするエカテリーナにもはや眉を顰めるしかできない。そう、この前というのはあの王国のパーティーでの一件のことを指しているのだろう。あの時エカテリーナが助けに来てくれなかったら自分は今頃どうなっていたかわからない。
 未だに泣き真似を続けているエカテリーナに内心小さなため息をつくと新しく入れた紅茶を差し出した。
「……どうぞ、召し上がって下さい」
「あら、ありがとう」
 すぐに機嫌を直したのかコロッと態度を変えると陽気な様子でその紅茶を受け取ると口に含む。甘酸っぱい香りが辺りに漂った。優雅な動作で口に運ぶエカテリーナにふと不自然さを感じたのかリオーフェは瞳を細める。まるで何か隠し事をしているような気がするのは気のせいだろうか。
「エカテリーナ様?」
「なぁに、リオーフェ」
 やっぱり可笑しい。いつもなら紅茶のお代わりでも頼んでいるはずなのに、今回はその様子がない。あからさまに不自然なエカテリーナにリオーフェは睨み付けるように見据えるとため息をついた。
「今回は何を持ってきたんですか」
「え?」
「え?じゃありませんよ。どうせ厄介なことでも持っていらっしゃったんでしょう?」
 何年エカテリーナ様の相手をしていると思っているんですか。そのぐらい私でもわかります。そうどこか威厳たっぷりに言い切るリオーフェにエカテリーナはごまかしが通じない子ね。と笑った。
 やはり何かあるようだ。諦めたようにエカテリーナはため息をつくと静かに話し始めた。その内容はリオーフェの表情を厳しいものにするのには十分すぎる内容でだった。
「実は最近貴女のことを認めたがらない連中が現れたのよ。それも十三姉妹(グランドシスターズ)の中から。理由は様々あるわ。まだ十五歳の娘がそんな重大な地位を与えられることに不満を持つ者。先代の『白き魔女』の一番弟子は自分だと言いきる者。薬草の知識は自分の方が遙かにあると言いきる者。とにかく様々いるのよ。そんなことをある一人の十三姉妹(グランドシスターズ)の中から言いだした奴がいるの。あの女よ、魔女ガエルのような根性がひねくれた女。カミューラ・ケニストン」

 カミューラ・ケニストン。その名前ならリオーフェも聞いたことがあった。先代の白き魔女だった老婆から聞いたこともあったが、エカテリーナが一番嫌っていた人物の一人だったような話を聞いたことがある。
 もっとも彼女の場合どこからどこまでが本気なのかわからないため、知るに知れないが、多分本当に嫌いなのだろう。話している最中眉を微かに顰めたのをリオーフェは確かに見ていたのだ。
「で、そのカミューラ・ケニストン様が私のような者が72代目の白き魔女になったのを反対しているのはよくわかりました。で、問題はその先なんですよね?」
「ええ、さすがに勘だけは鋭いわね。そのとおり。そんなことだけで私が厄介事と呼ぶはずもないわ。実はその先、カミューラがリオーフェを白き魔女だと認めるといった条件なのよ」
 まるで嫌なことを思いだしたかのように顔を顰めるエカテリーナにリオーフェは話を進めるように先をほす。
 興奮したのか数回呼吸した後、覚悟を決めたようにこぼれ落ちた言葉はリオーフェの想像を遙かに凌駕した言葉だった。
「『黄昏の妙薬』を作れ、ですか」
 『黄昏の妙薬』といえば薬の中でも最上級に作るのが難しいと言われる配合を必要とする薬品の一種だ。誰もが作るのを諦めてしまうが、代々白き魔女の地位を引く者だけがその薬を完全に作りこなしていたという。自分も数回しか作ったことがないので何とも言えないが難しい事には変わりない。
 また無理難題を突きつけてきたものだとリオーフェは瞳を細めた。

常に美人は難癖付けられ、僻まれるものさ。


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