城の中は見たことがないほど豪華だった。さすが第一王子の誕生日を祝うだけのことはある。だが、それだけではないことも城の中に入った瞬間リオーフェは察した。元々、勘が良いのに加え他の貴婦人たちの熱ーい視線が一際ルーベンツ王子に向けられていたからだ。多分今日は誕生日を兼ねた婚約者探しも兼ねているのだろう。それを知っていてエカテリーナは何も言わずにリオーフェを連れてきたのだ。多分いったら断られると思ったのだろう。既に隣から消えているエカテリーナを恨みながらリオーフェは壁際に避難した。
 こうやって人が大勢集まる場所は嫌いだ。いや、苦手ともいっていいだろう。だからといってこの場からすぐに退散できるわけではない。少なくとも一時間はここにいなければならないのだ。それにしても周りの視線が妙に痛いと感じた。気づかない振りをしていたが、気のせいではないようだ。そんなに変な格好をしているだろうか?と真剣に考えだしたリオーフェは自分の姿を見直す。
 薄い紫の色をしたドレスは控えめに、だが上品な感じを醸し出す作りになっていた。まだ十五歳の自分には早いような気がしたが、雰囲気が大人びているから大丈夫。とエカテリーナに後押しされて漸く納得したのだ。あまりの視線の痛さにそそくさとリオーフェはバルコニーへ避難する。
 バルコニーの外は満天の星空が広がっていた。毎日が冬空の中で過ごしているリオーフェからしてみれば春のような暖かさのこの空気が不思議でなからなかった。世界は確実に時を刻んでいる。ただ、自分だけがこの世界に置いてきぼりをくっているだけなのだと改めて実感させられる夜だった。
 まるで自分を嘲笑う様に一人笑っていると、ふいに会場内が急に騒ぎ出すのがわかった。静かに視線を向ければどうやら第二王子のレオンがやって来たらしい。第一王子のルーベンツに比べ、レオンは冷めた性格の持ち主と言っても過言ではない。多分そう言われるのは外見のせいもあるだろう。漆黒の髪に氷のように冷たいアイスブルーの瞳。口を開けば仕事のことしかかたらなそうな彼に誰もが『氷の王子』と呼んでいた。
 第一王子は朗らかな性格で有名だが、第二王子のレオンが朗らかな性格などとは聞いたことがない。まあ他の貴婦人方がたからするとそんな所が良いらしいのだが、よくわからない。
 つまりは自分にあんまり関係ない人物なのだ。
 それじゃなくても関わりたくない人物だというのに……リオーフェは面倒そうに視線を背けると再び無限に広がる星空に見入る。紫の瞳が微かに曇った。昔もこうやってよく星空を見ていたものだ。
 暖かな風が頬をくすぐる。春の息吹を感じさせる光景に少なからずリオーフェは見取れていた。こういう夜も悪くないと思ったのだ。普段なら大釜の薬を何時間も掛けて煮込み、薬にするのが日課だがこういう平凡な日々も悪くはない。

 どのぐらいそうしていたのだろうか?緩やかなダンスの演奏が聞こえてくると同時にふいに声を掛けられリオーフェは振り返った。人形のように整った顔立ちがふいに不審そうに歪められる。だが、それは一瞬のことだった。すぐにいつもどおりの無表情を繕うと相手を探るように視線を送る。相手も相手で気にした様子もなく隣まで来ると夜空を見上げた。どこまでも満天な星空に心をときめかせ、甘い恋を囁く。だが、二人の間に流れる空気はそんな雰囲気とはかけ離れていた。
 まるでいる者が重く、苦しいと感じるような空気。
 そんな中、先に口を開いたのは隣までやって来た第二王子のレオンだった。
「こんな所で何をしている」
 低く、有無を言わさぬ声音が響く。
「見ての通り夜空を見ておりました。レオン王子」
 そんな雰囲気を感じさせぬほどの軽やかな口調でリオーフェは答える。悠然と微笑むと首を傾げる。
「ところで王子は何故この様なところへ?王子とダンスを踊りたがる女性は山のようにいらっしゃるのでは?ほら、現にあんなに熱い視線で見ていらっしゃる貴婦人方がたくさんいらっしゃいますわ」
 そう呟きながらリオーフェは視線を城の方に向ければ数人の女性が熱い視線をレオンに送っていた。同時に貫くような殺気の混じった視線を自分は受けているのだが。厄介事に巻き込まれるのは面倒だといわんばかりにその場を離れようとするリオーフェの腕を掴むとレオンは興味津々な様子で覗き込む。
 その瞳は初めてリオーフェに興味を持ったようだった。
「お前はそこら辺の女共とは違うようだな」
「私の様な者と辺りにいらっしゃる貴婦人方と比べるだけ失礼ですわ」
 あくまで相手を敬うかの口調。だが、比べられる自分がかわいそうだと言っているようで思わずレオンは瞳を細める。二人の間を流れる空気は本当に冷ややかなものだった。冷たいようでいてそうでもない心地よさ。本来、人と関わるのが苦手なレオンだが、彼女も同じなのか一定の距離を保ちながら自分からは決してその領域を越えてこない。
 まるでその距離を超えることを恐れているようにも感じられた。
 ふいに掴んでいた腕が緩んだ瞬間するりと目の前の少女は抜け出す。そして静かに頭を下げると恭しく「失礼します」と、告げてその場を後にした。
 立ち去る姿も実に見事だ。綺麗に巻かれたカールした髪の毛がユラユラと揺れる。まるで人形を思わせるような少女だったが、同時に薔薇のような棘を思わせるような鋭さも持ち合わせていた。ふいに思い出したかのようにレオンは声を漏らす。そう言えば名前を聞くのを忘れてしまった、と。だが、すぐにアイスブルーの瞳が自然と細められる。また次に会ったときにでも名前を聞けばいいと思い直したのであった。

再会は一種の始まりと同じだった。


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