相変わらずこの森は冬に入る一歩手前のような季節だった。ここに来てから春や夏、そして秋を見たことがない。偶に雪がちらつくだけでそれ以外は代わり映えのない景色が毎日のように続いている。時は刻々と時代と歴史を刻んでいく。でも、ここだけは世界に取り残された場所のように感じさせ、リオーフェを安心させた。

 変わらない、変わりたくない。虚ろに直ぐに変わっていく世界だが、そんな世界と共に自分という存在が変わるのを極端にリオーフェは嫌った。変化というもの事態に抵抗があるのかもしれない。変わらずにいられる人間などいやしないというのにそれでもリオーフェは望むのだ。せめて自分だけでもと。
 そんな世界から置いてきぼりにされた世界に閉じこもっていたリオーフェは他の四季が回る外の世界のことが全くわからなかった。知ろうとも思わなかったし、知らなくても自分には関係なかったからだ。
 今回も気まぐれに大釜の中にコポコポと音を立てながら何かをかき回していた。そんな姿は噂どおり魔女そのものだ。何やら熱心に作っていると思えばそれは薬だった。
 リオーフェは元々薬草を調合させた薬を作るのが大得意だ。その知識は幅広いものがある。死にそうな者でもピンピンに元気になるほどの薬から猛毒薬まで作れるほどだ。そんなリオーフェの得意な薬作りをあのエカテリーナが利用しないわけがない。ひょこひょこ家に遊びに来ては薬を注文していくのだ。まあこのお陰で生きていられるとも言える。なかなか薬は売ると金になるのだ。一番新しい記憶では猛毒薬を注文されていった記憶がまだ新しい。その猛毒薬を何に使ったのかはあえて聞かないのがリオーフェだ。
 
 いや、聞くに聞けないと言う怖さもあるのだが。とにかく彼女は薬を作るのが得意だった。
 あれからエカテリーナは一度も姿を見せていない。どうやら忙しいようだ。そして手紙に書かれた誕生日に至ったわけなのだが……彼女が訪れる様子は微塵もない。まあ自分としてはそちらの方が助かるというものだ。なんといってもあの王国の王子とは少なからず顔見知りであるのだから。いや、ルーベンツ第一王子ではない。その弟の第二王子の方だ。彼とは年が近いせいもあって昔出ていたパーティーではよく見かけたものだ。向こうは覚えていなくても自分は覚えている。話だって数えるほどしかしたことがない。それも挨拶のような文句ばかりだ。とにかく、昔の自分のことを知りゆる人物とはあまり関わりたくないというのがリオーフェの本心だった。

 ぐつぐつ煮込まれる大釜をじっくり回していたリオーフェだったが、疲れたのかいったん手を休める。そして額に浮かんだ汗を拭った瞬間、激しい音と共に玄関の扉が開かれた。プライバシーもへったくれもない。確かに鍵を掛けてあったというのに……ああ、蹴り破りましたね、エカテリーナ様。
 冷静を装いつつもリオーフェは入ってきた客人に手を差し出すとニッコリ笑った。
「ドア代 、後でしっかり払って下さいね?」
「はぁーい。わかっていますって。それより約束どおり持ってきたわよ!」
「何をデスか?」
 あくまで白を切るリオーフェをエカテリーナは完全に無視し大きな箱から数枚のドレスを広げる。どれもこれも最高級の布地を使ったドレスに眩暈がする。まさかこんなものを再び身に纏うときが来るとは思いもしなかった。
「……エカテリーナ様?」
 控えめに名前を呼べば、エカテリーナは急に振り返ると上から下までじっくり眺め、唸る。どうやらどのドレスを着させるのか悩んでいるらしい。ふいにポンッと手を叩くと早速着替えに取りかかる準備を始めるエカテリーナ。机の上は既に化粧品などでいっぱいになってしまった。ここまで凄いのは初めてみたというものだ。聞いたこともないような化粧品のメーカーにリオーフェは眉を寄せる。高価すぎて何がなんだかわからない。
 そんなリオーフェにも関わらずエカテリーナは一枚のドレスを差し出すとニッコリ笑った。その笑みはどこか恐ろしいものがある。
「とりあえずこれに着替えて貰えるかしら?」
「はい?」
「あ、文句は一切聞かないから。それ、さっさと着替えに掛かりなさい!」
「……」
「そんな恨みがましい目で見ても駄目よぉ。ほぉらさっさとしなさい」
 招待された時間帯に遅れたら困るでしょう?そうちゃめっ気たっぷりに呟くエカテリーナにもうため息しか零れなかったのは気のせいではないだろう。なんでこんな不思議な、いや……変人に自分は目をつけられてしまったのだろうか?自分はただ平和に、平凡な毎日さえ暮らせていればそれだけで良かったのに。
 腕の中に無理やり掴まされたドレスが瞳に映る。
 サラリとした布地が異様な光を称えていた。まるでこれから起きる身の不幸をあわらしているかの様だ。
 こんなドレスを着たって自分は何も変わらないというのに。エカテリーナの早く着替えなさい!という言葉にリオーフェは大きなため息をついた後、漸く動き出したのであった。

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