エカテリーナ・ルクセンブルク。その名を聞けば二種類の反応が返ってくるだろう。
一つは表の世界で有名なエカテリーナの名。伯爵出身の、しかもルクセンブルクといえば相当有名な家柄であるのがわかる。古くから王家に従える有名な家柄の一つだ。そして彼女の人柄の良さもその中に考慮されるのだろう。
綺麗に整った体。艶やかな赤いウェーブ髪。深い色合いを示した蒼い瞳。
女性なら誰もが羨む外見を彼女は持っていた。
だが、同時にこちらの世界。裏の世界では彼女の名はまた別の意味合いで有名だった。裏の世界では表の世界でいくら高い地位といわれている伯爵でもほとんど意味を為さない独特な世界なのだ。
この世界でもエカテリーナの名が有名なのはきっと十三姉妹(グランドシスターズ)の一人であるからに違いない。魔女の中でも最強と謳われる有名な十三人の魔女たちの名が連なる中に彼女の名も同然の如く並んでいるのだ。つい最近、自分もその中の一人に仲間入りした。といっても新入りの自分が一番、権力がないのだ。
つまりは断るに断れないのだ。目の前の確信的な笑みを浮かべる彼女に。
ふんわりと白い湯気が上がる紅茶をじっくり眺めながらリオーフェは小さく声を漏らす。
「では、どこからどこまでが本気なのですか?」
「あら……全部よ。全部!それとも何?私のお願いが聞けないの」
マーフィンをサクサクと囓りながら上目使いで見上げてくるエカテリーナにさすがのリオーフェも顔が引きつった。真っ青な顔色に変わるリオーフェを楽しそうに見つめるのがわかる。
本当に性格の悪いお方だ。
「そういう意味で言ったわけではありません。不快な思いをさせたのなら謝ります」
内心毒づきながらリオーフェは丁寧な口調を並べる。そして紅茶を口に含んだ。幾らか時間が経ってしまった紅茶は少しぬるい味がする。
そんなリオーフェの姿にも諦めた様子もなくエカテリーナは一通の手紙を差し出すと微笑んだ。上等な紙質の手触りが渡された瞬間手に馴染む。手紙の裏側には確かに王国の烙印が押されていた。手紙を受け取ったリオーフェは慣れた手つきでペーパーナイフを取るとさらりと封を開ける。
ふいに薔薇の甘ったるい香りが立ちこめ思わず瞳を細めた。
「これが今回王国からやって来た招待状よ。なんでもルーベンツ王子の二十四歳のお誕生日をお祝いするらしいわよ」
「そうですか」
「所がね、その手紙に『ご友人を連れてきてはいかがですか?』て、書かれていて……」
「大変ですね」
「でしょう?それにこの世界の人間ってどうも自己中な性格の方が多いですし」
「それもそうですね」
寧ろ貴女もその一人です。なんて恐ろしくて口が裂けても言えない。言ったら最後、地獄を見るに違いない。
「そこで貴女の出番よ」
「……はい?」
びしり、と指を指されたリオーフェ。あくまで冷たい視線を送るが本人はスルーをしながら更に意気込む。
「リオーフェなら社交辞令もしっかりしているし、何より十分可愛いですから」
「何を根拠にそこまで言葉が出てくるのか不思議ですね、私からすると」
「そんなことないわ。事実をいっただけのつもりだけど?」
(それが私からすると十分迷惑なんです)
なんてこれも又、口が裂けても言えない。でも一度で良いから真っ正面から言ってみたい台詞の一つでもあった。だがそんなことをいたら最後、彼女に何をされるかわからない。黒い微笑みを浮かべもう一度言って御覧なさい?と呟かれるに違いない。おそろしや、おそろしや……
こんな形をしていても彼女は最強といわれる十三姉妹(グランドシスターズ)の一人なのだから。
「……結局なんのお話をしていたんでしたっけ?」
完全に冷め切ってしまった紅茶を一気に飲みきるとリオーフェは温かい紅茶を入れ直す。
そんなつかみ所のないリオーフェに対し、あくまでエカテリーナは悠長な口調で微笑んだ。
「本当に面白いわ、リオーフェは」
「そうでしょうか」
「ええ。十分不思議な魅力を持った少女よ。まるで十五歳とは思えないほどの大人っぽさ」
「それは育った環境のせいでしょう」
「そのさりげない遠回しな邪魔扱い」
「そんなつもりは……気分を害されたのなら謝りますが?」
「極めつけはその敬語!」
「はい?」
もはや話しについていけない。といわんばかりに首を傾げるリオーフェ。そんな姿にも関わらずエカテリーナはクスクス笑った。その微笑みは見る者を虜にする不思議な魅力が秘められている。これがリオーフェではなく、普通の男たちだったら一発でころりと落ちてしまうだろう。
そんな気分にならないのはリオーフェだからこそなのだ。
それをエカテリーナ自身も気づいているため、今回この話をリオーフェに持ってきたのだ。彼女なら絶対断らないという自信があったし、そもそも断れないだろう。彼女の立場では。
それをわかっていて自分の立場を利用するのだから性格が悪いと言ってしまえば十分悪いと自分でも納得する。だが、これは自分の為だけではなくリオーフェにも少なからず為になるのだ。十五歳という年頃の娘が既に十三姉妹(グランドシスターズ)の仲間入りを果たしてしまい、尚かつ周りに恥じぬような白の魔女を演じなければならない。それは並ならぬ努力が必要となるのだ。
だからこうしてストレスの捌け口を用意したのだが……彼女には不満だったようだ。
明らかに睨み付けてくるリオーフェにエカテリーナは押しつけるように手紙をそのまま握らせると言った。
「また後日伺わせてもらうわね」
「ちょ……っ!」
「ドレスなら私が用意するから安心していていいわよ」
「エカテリーナ様!」
「大丈夫。貴女なら生き延びられるから」
(……一体何の話をしているのだろうか。そもそも生き残るって何?)
あからさまに不満そうにするリオーフェにも関わらずあっという間にその場を後にするエカテリーナ。本当に嵐のような方だと内心思った。そして手の中に収まっている手紙を見つめながら深い、深ーい、ため息をついたのであった。
だって、貴女がお気に入りだから。
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