先程まで剣をまともに振ったことも大振りな動作で斬り掛かってきていたロリッシェの剣が今では自分の身体を貫いている真実が信じられなかった。何かを喋ろうとしても口から血がゴホッと溢れ出し、言葉が上手く出せない。ギョロリと開いた瞳を動かせば、皮肉るようなロリッシェの歪んだ顔が此方を見ているのが分かった。段々と力が抜けていく身体。ああ、この身体は使い物にならない。そうライルは感じたときだった。更にロリッシェは深く剣を差し込んだ。
 力の入らない身体はその勢いに負け、地面に倒れる。それでもロリッシェは剣を差し込んだ。地面に突き刺された剣はどう足掻いても抜けはしないだろう。虚ろな瞳を見下ろしているロリッシェに向けた。何処までも吸い込まれそうな憎悪に彩られた瞳。
 目の前にいるロリッシェにそんな瞳をさせるようにしたのは自分だ。だが、あの時はそれが正しいと思っていた。それは今も変わっていない。何故ならばこの女はやはり、正真正銘の″魔女″だったからだ。
 自分も闇魔術の道に進んだが、それの非じゃない。この女は生まれながらにしての魔女だったのだ。ふいにロリッシェはなぞるように地面に突き刺さった剣に触れた。白い指の腹に剣が食い込み、真っ赤な赤い血が滴れる。だが、男は驚いたように目を見開いた。
 必死で暴れるが地面に刺さった剣は抜けない。その間に血は剣を伝いそして、男の傷口に触れた瞬間凄まじい絶叫が上がった。よほど苦しいのか指の爪が割れ、指先から血が出ても構わないほど強く地面を引っかき回す。先程まで剣で刺されていてもこれ程の絶叫を上げなかったというのにも関わらず。
「身体は幾ら朽ちようともこの輪廻という転生の輪から外れなければ永遠にお前は甦る。だったら、その魂ごとグチャグチャにして引き裂いてしまえばいい」
 切れた指を舐めながら「不味いな」と血を含んだ唾を吐き捨てると、ロリッシェは無表情のままライルを見下ろした。
「どうだ?魔女の血は。とっても効果があるだろう。それはそうだ。本来、闇魔術に手を染めた者は他の異なる魔力を持っている者と血を交えてはいけない事になっているからな。それをやった瞬間、魂は二つの異なる魔力によって引き裂かれることになる」
 その結論を出すまでに五百年かかってしまった。と、ロリッシェは遠くを見つめながらぼやく。その表情は何処か哀愁漂う何かがあった。ボロボロのその姿にエカテリーナも、レオンも何を言っていいのか分からなかった。
 いまだに諦めていないのか最後まで足掻き続けていたが、男は苦悶の表情を浮かべたまま動かなくなった。その顔を見つめながらロリッシェは緩やかに瞳を細める。胸の前で十字架のマークを作ると静かに呟いた。
「さようなら、ライル・ルヴレイン……いいや――」
 父上。そう呟いた声音は突然吹き荒れた突風と共に掻き消された。ロリッシェは予期していた人物の登場に驚くこともなく見上げる。まさか、ドラゴンまで一緒にやってくるとは思ってもいなかったが。
 近くでは一度に色んな事が起こりすぎて頭がついていけていないレオンと初めてドラゴンを見たエカテリーナが興味深そうにドラゴンを見上げているのが分かった。それにしても良く人前に姿を現す気になったな。と感心する。昔は人前に出るのでさえ嫌がっていたというのに。
 ふいにドラゴンの背中からスルリと下りてくる二人の姿に瞳を細めた。どうやら無事だったようだ。リオーフェとクロエルは。ドラゴンに守られていたせいかどうかは分からないが服が濡れていない。まあ、あの熱いドラゴンの背中に乗ってきたのなら服など一瞬で乾いてしまったのだろう。リオーフェの貫くような真剣な瞳が此方を見つめる。上空からこの光景を見たのかそれほど取り乱している様子はなかった。
 むしろエカテリーナの方が感極まって「大丈夫だったのね!リオーフェ」と抱きついている始末だ。その不思議とも言える光景にロリッシェは口元を緩める。
 彼女に色々と聞かれるのは分かっていた。そうだ。今回の事件に巻き込んでしまったのは紛れもなく自分なのだから。心優しき彼女はこれからどんな判断を自分に下すのだろうか。……分からない。だが、多分リオーフェの事だ。答えなど最初から決まっているのかもしれなかった。
 一定の距離まで近づくと、リオーフェは血塗れで倒れる国王や、絶叫して死んでいったライル、そして異端狩りをされて殺された人々の死骸を見渡す。そして再びロリッシェに視線を戻した。アメジストの瞳は相変わらず冷たく素っ気ない。無表情が予想以上に堪える気がした。
 ふいにリオーフェは何を思ったのか、最近ではあまり聞かぬ名前を口にした。
「シャルウェイトと会ってきました」
「……」
 突然の今は亡き弟の名前にロリッシェは微かに戸惑った。
「彼は今もルヴレインの城で彷徨い続けています。五百年も前に起きた出来事を忘れることが出来ずに、彷徨い続けています」
「リオーフェ、一体何を……」
「彼から、日記を預かりました」
 真剣その物の瞳がロリッシェを貫いた。自分には持っていない今を生き抜く力を持っている瞳。確かに孤独そうに見えるが、彼女は今、独りぼっちじゃない。エカテリーナやクロエルなど大切な仲間が増えたはずだ。しかし、自分は――
「泣きそうな顔で仰有られていました。ロリッシェ自身に一度でも人を殺めさせてしまった事を今でも酷く後悔していました」
「……」
「復讐は、終わったようですね」
 チラリと地面に突き刺さった剣に刺されて絶命している男と、狂った国王の成れの果てを眺めながらリオーフェは呟く。深呼吸した後、リオーフェは覚悟を決めたのかロリッシェの顔を見つめた後、優しく微笑んだ。
「お帰りなさい、ロリッシェ・フェルミ・グローカス。全ての過去から、しがらみから全て解き放たれのでしょう?だから――お帰りなさい」
 いつの間にか自分よりも小さな身体のリオーフェに抱きしめられていた。服が汚れたり、濡れたりするのに構わずリオーフェは逃がさないと言わんばかりに強く、強く抱きしめる。その小さな身体が妙に温かくて……いつの間にか、涙がこぼれ落ちた。
ああ、こんなにも心が温かく満たされる


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