旅立ちの時   3








「―――――ゼバイルお兄さま…おそようです。」



「あー済まない…」





余りの声の低さに反射的に謝るゼバイル。
それだけアリシアが不機嫌だと言うことが分かる。
視線があまりにも痛いので思わず顔を逸らしてしまった。


その様子にはぁ…と、小さく溜息を付くと、
アリシアはスルリとダリアの腕から逃れた。

そしてゼバイルの腕を掴むとニッコリ微笑む。
その笑顔は天使のようだ。
だが、この時ゼバイルには悪魔にしか見えなかった。






「さ、一刻も早くこの城を出ましょう。あの馬鹿を追いかけなくちゃ…」



「え?―――ちょっと待て、俺の朝食は?」



「そんなの一食くらい抜いても大丈夫ですわ。
それに起きるのが遅いゼバイルお兄さまが悪い」






本当に虫の居所が悪いらしい。

半ば引きずられるような感じでゼバイルは部屋を出た。
ダリアは面白そうにその様子を眺めていたが、
そっと瞳を閉じると誰もいなくなった部屋で彼女は呟いた。





「アリシア…彼は何時でも貴女の側にいるわよ。
貴女が会いたいと望めば何時だって彼は現れるもの……」





意味深めいた言葉…
その表情はとても優美で、誰もが見取れてしまうくらい綺麗だった。








++++






「お兄さま、何か良い服はありませんか?」





アリシアは黒いドレスの裾を上げながら呟いた。
勿論アリシアはこんな格好で旅に出るつもりはない。
だが、ダリアが作った服と言えばこんなのしかない…
困ったように眉を寄せていると、ゼバイルがうーん。と、唸った。





「確かにその服じゃ外に出たくないしなぁ…
ちょっと此処で待ってろ。今、昔の服が残ってないか探してくるから――」





ゼバイルは、自分の部屋の中にアリシアを招き入れると、
すぐさま違うドアを開き、また別の部屋へ入っていった。
きっと衣装部屋に行ったのだろう。
生憎、自分の衣装部屋には幼い頃の服は一切残っていなかった。



着れない服は全て処分しちゃたからな…
今更になって後悔するアリシア。
その間にも探してきたのか、2、3着小さめの服を持ってきたゼバイルがすぐに出てきた。

みんな動きやすそうなシンプルな服だ。



彼曰く、動き回るときに余りゴタゴタいろんな物が付いていると動きにくいから、
特注で作ってもらったらしい。



―――…確かにそう言われれば昔はやんちゃな少年だったような気もするが。





「ま、いいか。適当にこの辺の服借りるね」



「ああ、好きにしろ。城を出たらとりあえず、服屋で服を調達しなくちゃな。
流石にそれでも大きいと思うからな。ピッタシとはいかないだろう。
小さかったとはいえ男の子の服なんだし…兎に角、外で待ってるから早く着替えろよ」




軽く手を振りながら部屋を出ていくゼバイルを見つめた後、
アリシアは服に手を伸ばす。

ゼバイルの言っていたとおり少しサイズが大きめだが、それほど問題はない。
寧ろ良くこんな服のサイズが残っていたのか不思議なくらいだ。


アリシアは素早く服を着ると、今まで来ていた服を一応綺麗に畳み、ベッドの上に置いておく。
どうせ後でお母様が何とかしてくれるだろう。



だが、後になってこの服を燃やしておけば良かったと後悔するのは再び城に戻ってきたときのお話。






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